botan-ao まるマ原作(小説)感想 botan-ao

※管理人はヨザック好きのため、感想が彼に偏りがちになることがあります。ご了承下さいー。

 

「砂は(マ)のつく途の先!」

 登場人物紹介にお庭番がいなくて、「あれ?噂では出番があるはずじゃ?」と思いつつ読み進めたのですが。ありました、出番は。でも登場の仕方は…やっぱりこんな感じですか。

 まぁね、以前にテマリ先生がお描きになっていたイラスト(←プチザビにて)から、なんとなくはこういう展開だろうと覚悟していましたし、そのお蔭で受けた衝撃は少ないですけれども。とりあえず問題なのは、お庭番は生きて操られているのか、死んで操られているのか、という点。これについては最後の方でグダグダと。(苦笑)

 

 今回は結構、お庭番は登場しなくても話題に出される回数が割りと増えていました。そこのところをまずは拾わせて下さい。

 地下から地上に出ようとする有利が、お庭番のことを思ってなかなか動けずにいるシーン。なんというか、拝読しているこっちまで苦しくなっちゃいます。故郷に眠らせるからと言うコンラッドの言葉で、有利が、ヨザックの決めた故郷が自分の傍であるようにと願う一言が、すごく印象的でした。

 その後の移動中、ヘイゼルが有利に話しかけてくるシーンもグッときました。有利自身、ヨザックのことを訊かれるんじゃないかと思っていたようですが、ヨザックのことを勘付いていながらもそれには触れず、けれどヴォルフラムのことも含めて温かい言葉をかけてくれるヘイゼル…。いい人ですーっ!(泣)

 そして一番はやはり、オアシスの湖から上がってきた有利が、コンラッドとお庭番の安否について言い合うシーン。信じたくないという有利の気持ちはすごく分かるし、けれどコンラッドの言っていることは全て正論で。拝読していて辛かったシーンです。だから余計、この後に出てきたヴォルフラムの存在にほっとしました。彼は男前街道を驀進中ですね。次男閣下なぞ足元にも……ごほっごほっ。

 

 えーっと、ここで一旦お庭番から離れて、他キャラのこと(ヨザックは絡まないシーン)について。

 まずはコンラッド。なんだかもう、彼のキャラをどう定義するべきか迷ってます。(苦笑)とりあえず、目の見えない有利に濾過装置について教育番組チックに解説したという彼を想像して笑い、個室という名の用具入れにサラを閉じ込めた彼にブラックさを感じました。

 そんなサラレギーのことは、相変わらず苦手な私です。一部、寝ぼけた彼が家族について漏らしていた本音が気になりはしますが、きっと真実を知っても私は同情にまでは至らないような気がします。どう見ても、振り回されている有利が不憫にしか感じられないのですよ。

 スイスの湖にいる勝利兄さんは、箱がなくてハズレクジな人だと思っていましたが、まさか一瞬とはいえアチラに移動するとは!(←オアシスが湖という時点で気づこうよ。)でも、念願の弟に会った後、しかもお腹の調子が悪くなりながらも、「お兄ちゃん」呼びにこだわる彼は、ある意味すごいと思います。笑わせていただきました。(笑)いえね、ギリギリのところでアビーに酸素をあげていたりと、男らしいところも見え隠れしてはいましたけれど。

 そしてこちらは完全に移動できた村田さん。冷静さがいつも以上に際立っていたように思います。ムラケンズで「ユニコーンも裸足で駆け出す」なんて言っていた人とは思えない。(苦笑)でも、家族のことを思い出している辺りなんかは、普通の少年を思わせたり。醤油差しの残量だなんて、日常的過ぎます。でも、「マ王〜…花嫁は誰だ!?」などから勝手に家族事情を複雑に捉えていましたけれど、こういう描写をされると、また色々と考えさせられます。家族のかたちに決まりなんてないのですよね。

 すっかり忘れていたのは、人魚なマキシーン。そうでした、アーダルベルトを父と思っていたのでしたね。でも、彼以外の人(特に有利)に対しては、元の彼のまま。が、子供たちには好かれています。そうです、こちらもまた忘れていました(苦笑)、ジェイソン&フレディ。こうやってどんどん話が繋がっていくのですね…すごいなぁ。

 そんな彼の父、そして彼女たちの祖父となったアーダルベルトについては、下の「恋に落ちて」にまとめて感想を。

 

 さて、話はお庭番に戻って。いよいよ登場しました、彼が。

 一番最初に出会うのがムラケンというのは、ムラケンがアチラに移動した時点でなんとなく予感していたので、驚かなかったのですが。そのシーンに挿絵までついたことにびっくりしました。(今回は挿絵の数が多いですよねー。もちろん、嬉しいことですけれど。)あの、微妙に表情が見えない感じが何ともいえずもどかしい。何か一言ぐらいお庭番の言葉が出るのかと思いましたけれど、ここでは何もなく。

 そして二度目の登場。こちらもやっぱり台詞がゼロだったのですが。あのテマリ先生のイラストの目がねー、何ともいえない色です。操られたフリ説なんて甘い考えは抱かない方がいいですよね、あれは。

 ムラケンを放り出すのも、有利が混乱するのも、やっぱり拝読していて辛かったです。そして傍にいるイェルシー。あのテマリ先生のイラスト(←プチザビ)に描かれていたのは、サラではなくイェルシーでしたかぁ。あの時は腕も義手のようなものが描かれていましたが、今回の挿絵はマントで隠れて腕までは確認できませんでした。

 

 ……で、冒頭の疑問に戻るわけですが。操られているお庭番は生きているのか、死んでいるのか、についてつらつらと考えてみようと思います。一応、ここからは白抜きにしておきますね。(ご覧になる方は反転してどうぞ。↓)

 結論は、生きているか死んでいるかの二つしかありませんが、仮説はいくつかあります。といっても、私が考えるようなものなので、あてにはなりませんけれど。(むしろ自分の頭を整理するために、ここは書いています。)

 まず、操っている主がサラたちの母の場合。彼女は死者を操るようですから、ヨザックも死者です。別に、傍にイェルシーがいるからといって、彼が操っているとは限らない。周囲にいるのもゾンビ集団ですしね。遠隔操作が可能ならばありえます。

 次に、操っている主がイェルシーの場合。これは、いくつか仮説が立ちます。

 まずは、イェルシーには死者を操る力はない、というもの。「箱(マ)」でサラがイェルシーの力を「母親ほど邪悪じゃない」と言っています。母親は上記したように死者を操ります、それより邪悪じゃないならば、イェルシーには死者を操る力はないのかも。そうなるとヨザックは生きていることになります。

 もう一つは、イェルシーは死者を操る力がなかったけれど最近その力を使えるようになった、というもの。「死者を操る力がなかったけれど」という部分の理由は、たった今先述した通りです。「使えるようになった」の部分は、「宝(マ)」でのサラの言葉が気になりまして。ゾンビ集団が初めて現れた時、「母親は体の調子が悪いはずなのに」と言っていました。この言葉が正しいとすれば、ゾンビ集団を操っているのは別の人物。それがイェルシーだとしたら、今回の「砂(マ)」のシーンでヨザックの傍に彼がいるのも、そしてゾンビ集団を率いているのも理由はつきます。…となると、お庭番も死者ということに。

 ……。でもでも、あとがきで喬林先生が、誰も死んでいない宣言してくれていますしね。きっと…たぶん…うーん…。

 なんというか、これぐらい冷静(?)にならないと、お庭番好きとしては普通に生活できないのですよ。(苦笑)とりあえず大人しく、次刊を待ちます。

 

 

「恋に落ちて」

どうしましょう、カリポニさんは相変わらず面白い変人さんにしか(←コラ)見えないのですが、ア−ダルベルトがいい人に見えて仕方ありません。初登場時はあんなに嫌だったのに。書き手(喬林先生)の愛が篭っているせいでしょうか?

 

まず、アーダルベルトがお料理上手ということにびっくりでした。兵士ならある程度は必要で、できて当然な力なのかもしれませんが(ヨザックも野営で上手な腕を披露していたらしいですし。)、でもジュリアさんも絶賛していますから、きっと人並み以上だったのでしょうね。

 

手づかみで食べて笑ったジュリアさんに惚れ込んでしまった彼ですが。↑の「砂(マ)」本編では、目の見えない状態の有利にも、手づかみを勧めています。おまえさん“は”上品だ、と言っている辺り、やはりジュリアさんのことを思い出しているようですが、それでも同じじゃないことは感じる瞬間でしょうね。とはいえ、やっぱり複雑だったろうなぁーとか思ってしまいまいた。

私は相変わらず、原作のジュリアさんの方が好みのようです。マニメも嫌いではありませんが、男前で、それでいて可愛らしさも忘れていない原作の彼女が好きです。

 

何でジュリアさんは相手にアーダルベルトを?とずっと思っていたのですが、今回のお話を拝読していて、成る程なぁと思いました。でもこうなると今度は、コンラッドとのことも気なったり?

あ、カリポニさんの恋愛話もありましたね。全然触れていなかった。(苦笑)うん、でも彼はなんだか騙されていたり(顎割れさん談)と、かわいそうな恋愛模様ですから、触れない方がいいですよね、きっと。

 

 

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