Surely

 

 

 ダカスコスは今、人生最大かもしれない注目のされ方をしていた。回廊ですれ違う人たちが皆、目を丸くして、あるいは口をあんぐりと開けて、彼を見送る。

 フォンクライスト卿に無理矢理付き合わされた出家先で、自慢のフワフワヘアーをスキンヘッドにされた時も、帰ってきたダカスコスを皆が哀れむような目で見てきた。が、今回はその段ではないような気がする。あの時は、彼のことを知らない――つまり、彼の元の髪型を知らない者は、ツルピカの頭部を見ても何の反応も示さなかった。

 しかし今はどうだろう。顔見知りだろうがなかろうが、皆が皆、彼を注目しては、その有り得ない光景に目を見開くのだ。いや、中にはやはり、哀れむような視線を向けてくる者もいるが。

 

 自分の意思と関係なくどんどん流れていく周囲の景色を横目に見送りながら、ダカスコスは恐る恐る声を出した。

「あ、あのー。軍曹殿」

「何だ!?負傷者は無駄口をたたくな!」

「ひっ!」

 ギロリと至近距離で睨み付けられ、ダカスコスは文字通り縮み上がる。確かに頭は相変わらずズキズキとクラクラを繰り返しているが、今はその痛みよりも目の前の熟練衛生兵の方が、気になるし恐怖だ。

 いつもの雑用中に、うっかり足を滑らせてしまったのはついさっきのこと。しまったと思った時にはもう遅く、地面と頭部を仲良くした途端、視界が暗転した。そして再び目を開ければ、飛びこんできたのは颯爽と歩く鬼軍曹ことギーゼラの顔。

 たまたま近くにいた彼女が、こうして直々に医務室へと運んでくれているらしい――お姫様抱っこで。妻のことさえ姫抱きにしたことはないし、今後もする予定はなかったが、まさか自分が抱き上げられる日がこようとは。しかも女性に。

 情けなさと、畏れ多さと、純粋な恐怖と。様々な感情がダカスコスを襲っていた。加えて周囲から注がれる、それこそ刺さるような視線の雨霰。士官であるギーゼラが単なる雑用兵の対応をするなど、普段ならそうあることではないし、一見しただけなら華奢で血色も悪い少女が大の男を姫抱きにしている光景は、そのアンバランスさで目を引くだろう。

 ここまで現状に耐えてはきたが、さすがにもう限界が近かった。さっきも喋るなとは言われたが、ありったけの勇気を振り絞り、腹に力を込める。

「あっ、あのっ!もう此処で大丈夫です軍曹殿っ!!」

 怒鳴られる前にと、一気に言葉を吐きだした。途端、揺れていた視界がピタリと止まる。ギーゼラが歩みを止めたのだ。

 チャンスとばかりにダカスコスは続ける。

「ご迷惑おかけしました!もう此処までくれば医務室まではあと少しですし、自分で歩けます!だからもう降ろして……」

「何を言っている?」

 静かな、けれど怒気は含まない声が降ってきた。恐る恐る視線を上げれば、鬼軍曹モードではあるものの、真面目な顔のギーゼラ。

「一瞬とはいえ、意識が飛ぶほど頭を打ったんだ。無理しようとするな。お前にもしものことがあったら……」

 真摯な瞳で見つめられ、ダカスコスは思わず息を呑んだ。

 まさか。まさかとは思うが。自分は、自分が思うよりもずっと、彼女に大切に思われていたのだろうか?

 いつも恐ろしい表情で怒鳴られ、罵られ、こき使われてきたが、それも愛情の裏返し。やはり彼女は本当は、慈愛に満ちた心優しきベテラン衛生兵なのかもしれない。患者だけでなく、部下の兵士たちに対しても。

 そう、ダカスコスはこれまでの日々を振り返りながら、思わず感涙まで浮かびそうになった……のだが。続いた彼女の言葉に、一瞬にしてその感動は吹き飛んだ。

「わたしの操れる愚図どもが一人減ってしまうではないか」

「……。え?」

「だから、お前にもしものことがあったら、屈強ぶった兵士どもをこき使う楽しみが……あぁ、いえ。何でもないの。ごめんなさい、つい本音が」

「え?ええぇぇぇ!?」

 

 周囲からは相変わらず、様々な感情の込もった沢山の視線が、ツルピカ雑用兵へと注がれている。

 

 

 

 

 

お題:「意外なお姫様抱っこ」,「あめあられ」

あとがき

 ギャグでした。(笑)お姫様抱っこネタでこの二人が出てくれば意外……ですよ、ね?

 「あめあられ」のお題は、拙宅のURLを意識してくださったんでしょうか?有難うございます。ちなみに私は「感謝感激雨霰」のイメージでURLにこの言葉を選んだのですが、それは本来は戦時中の「乱射乱撃雨霰」を捩ったものだそうで。今更ながら「もしかして物騒なURLになってる?」と思ったりしました。(苦笑)

 

 

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