ただ、それだけで キャッチボールの休憩にと腰を下ろした、枝を大きく広げた樹の陰。 両足を投げ出しながら有利が質問をぶつけると、相手は驚いたように一度目を瞬かせた。 「眞魔国のデートスポット……ですか?」 「そう」 鸚鵡返しをしてくる名付け親に、短く頷く。 自分がモテるタイプではないという自覚は充分あるが、そんなに驚くことはないではないか。内心だけで有利は少し拗ねる。 「誰かとデートされるんですか?いつの間にそんなお相手が?それともヴォルフ?」 「そんな立て続けに質問しなくても……。違うよ、相変わらず彼女なんていないし、あんたの可愛い弟さんでもない。相手はグレタ」 「グレタと?」 「そ。かわいーい愛娘と」 今思い出しても、自然と頬が緩んでしまう。 実験好きであり執筆活動にも余念がないアニシナ女史が編集している、「緊急報告。実録!ユーリ陛下二十四字」。未だ単語が二十四語止まりになっているその本で、グレタは新たに「デート」という単語を覚えたらしい。寝室に飛び込んでくると、愛くるしい笑顔で、 『グレタ、おとーさまと「でーと」したーい!』 と言ってきたのだ。 この攻撃でノックアウトされない父親がいるのならば、ぜひとも会ってみたい。少なくとも有利には絶対無理だ。 「へぇ、そんなことが」 「うん。でもおれ、まだこっちについて知らない事多いからさ、教えて欲しいんだよね。そんな畏まったヤツや凝ったヤツじゃなくていいんだ。『眞魔国的・普通のデート』っていうか」 老若男女どころか、魚人姫等の人種を超えた相手にまで人気のあるウェラー卿のことだ、きっと恋愛も百戦錬磨に違いない。 手にしている白球を弄りながら「そうですねぇ……」と呟く隣人を、有利は期待を込めて見詰めた。が、返ってきたのは答えではなく質問。 「地球ではどうなんです?」 「え?日本の場合ってこと?あー、おれ、デート経験無いからなぁ……。でも、よくあるのは遊園地行ったり、映画観に行ったりじゃないかな?おれ個人としては、ぜひ球場デートしたいけど。ライオンズの応援で」 しかし、球場デートには大きな弊害がある。相手がアンチライオンズだった場合だ。 野球嫌いや無関心な相手なら、そう問題はないと有利は思っている。球場で生で試合を観戦すれば、誰でも絶対に野球好きになると信じているからだ。だが、相手がライオンズ嫌いだった場合はどうしようもない。相手の子が巨人ファンだったりしたら、有利はきっと泣くだろう。 加えて、有利にしょっちゅう球場へと連れて行かれている村田からも、このプランに関してはかつて苦笑をもらい済みだった。 『球場での君って、試合に集中してて無言気味だからなぁ。喋ったとしても試合に関することだし。コミュニケーション取りたい女の子にしてみれば、絶対無理だね』 致命的、と駄目押しまでされれば、もう諦めるしかない。 ウェラー卿も同じ判断だったのか、続いた呟きでは「球場デート」は見事にスルーされていた。 「成る程、映画に遊園地……ですか」 「あっ、でも、こっちに映画は無いよな?」 「えぇ、残念ながら」 白球を弄っていた手を止めて、コンラートが苦笑する。 「芝居の劇場なら幾つかありますが、今の時期は確か、子供が楽しめるような演目は無かったような……。遊園地も、アニシナが似たようなものを今計画しているようですが、まだ完成はしていないはずです」 「えっ、そうなの!?へぇ、おれが前に似たようなことを提案した時には、即効で却下されちゃったんだけど。考え直してくれたのかな、アニシナさん」 確かによくよく思い返して見れば、あの時は鼠をマスコットキャラにすることに対して「不衛生だ」と否定されただけで、テーマパークの案自体は否定されなかった気がする。もしかしたら他の動物をマスコットキャラにして考えてくれたのかもしれない。 「そりゃあ完成が楽しみだな。でも、今度のグレタとのデートには間に合わない……か。うーん、そうなると何がいいのかな?」 映画も遊園地も、眞魔国では通用しない。結局思考がふりだしに戻ってしまった。 思わず唸った有利の視界の端を、不意に見覚えのあるオレンジ色が掠めた。 「あっ!おーい、ヨザックー!!」 手を振れば、回廊を歩いていた大きな人影が手を振り返してくる。けれど、そのまま回廊を進もうとしてしまうので、有利は慌てて手招いた。 「どうしました?何か御用で?」 「うん、ちょっと訊きたいことがあって。……でも、急いでた?」 中庭へと降りてきたお庭番が、緩く首を振る。 「いーえ、とんでもない。魔王陛下直々のお呼び出しを蹴ってまで優先する事項なんて、そうそうありゃしませんよ」 で?と笑いながら促されるのにホッとして、有利は先ほどと同じ質問をぶつけた。すると、相手は納得したように「あぁ」と頷く。 「もしかしてそれ、『グレタお嬢さんとのでーと』ってやつですか?」 「えっ、何で知ってんの!?」 「このオレの情報収集能力を侮ってもらっちゃあ困りますよ。情報網がそれこそ、タララン蜘蛛の巣並みにあるんですから」 立てた人差し指を左右に振りながら、お庭番が胸を反らした。タララン蜘蛛の巣がどんな風なのかは有利には分からなかったが(名の響きからすると、巣の上でダンスのステップでも踏んでいそうな蜘蛛だ。)、何となく凄そうだ。 それでなくても、この体格のいいお庭番は、あのフォンヴォルテール卿も一目置く手腕だ。眞魔国事情にもきっと精通しているだろう。それがたとえ恋愛方面でも、きっと。 「そうですねー。『野生の口』とかは結構聞きますけど。でも、坊ちゃんにはちょっとお勧めしかねますかねぇ」 「えっ、それってどんな所なの?」 初耳の単語に、思わず有利は首を傾げた。ウェラー卿は知っているのか、「あぁ」と隣で頷く。 ヨザックが両腕を大きく広げてみせながら続けた。 「こう、壁に大きなモモミミドクウサギの頭があってですね、お口がガバッと開いてるんですよ。で、その口の中に手を……――」 「あぁ、それ知ってる!地球にも似たのがあるよ!嘘つきが手を入れると、噛まれて手がなくなっちゃったり、抜けなくなったりするって伝説だろ?
で、男が噛まれたふりとかして、女の子が『きゃーっ』って心配して飛びついてきてくれたり……」 「はぁ?なんでわざわざ噛まれたふりなんてするんです?」 「え、違うの?」 ヨザックから、思いっきり怪訝そうな顔をされてしまった。 イタリアンな休日の一場面を思い出したのだが、違ったのだろうか。ちなみに有利が解説をしている際、隣でまたしてもウェラー卿が「あぁ」と呟いていた。どうやら彼は、どちらの口も知っているようだ。 「ちゃんと聞いてました? “あの”モモミミドクウサギの口ですよ?手を入れたら全員ガブッとやられるに決まってるじゃないですか」 「えぇっ!?それって危険じゃん!」 「そうですとも」 ヨザックが、大袈裟な動作でもっともらしく頷く。 「その危険に挑戦し、且つ、噛まれても悲鳴を上げずにグッと耐える。そんな恋人の強さに、お相手はうっとりしちゃうわけです。まぁ、さすがに手首から先を持っていかれちゃう、なんてこともありませんしね。とりあえず忘れちゃいけない点は、利き手じゃない方の手を入れること。日常生活に支障をきたしますからね」 「利き手じゃなくても充分ダメージ大きいと思うけど……。凄いな、こっちの人は一回のデートにも命がけなんだ」 それはそれで素晴しい気合いの入れっぷりだが、お庭番の言う通り、有利としてはそのプランは却下だ。野球をプレーする者として、例え一時的であろうと手を負傷するのはいただけない。 何か別のスポットはないかと、再びお庭番に尋ねかけた時。 きゃんきゃん吠える犬のようだと称される声の持ち主が、やはりきゃんきゃんと吠えながら中庭へと降りてきた。怒れる子犬の金の毛が、陽光を受けてキラリと光る。 「ユーリ!お前という奴は、またさぼって球遊びに興じていたのか!?」 「さぼりって……人聞きの悪い言い方だなぁ、ヴォルフラム。あと、球遊びじゃなくてキャッチボールな。きゃっ・ち・ぼ・お・る」 どっちも似たようなものだろうとヴォルフラムは言うが、有利にとっては同じではない。けれど、ここでそのことを熱く説明してしまうと本題からズレてしまうため、とりあえず有利はこの件は横に置いておくことにする。 「ところでさ、ヴォルフラム。突然なんだけど、眞魔国で恋人同士がよく遊びにいくような場所ってある?」 本日三度目となる質問。しかし、ヴォルフラムは何故か、コンラートにもヨザックにも無かった反応をした。急に頬を朱色に染めたのだ。 「なっ、何だユーリ、そんなことを悩んでいたのか!?まったく、お前はどこまでもへなちょこだな」 焦ったように有利から目を逸らし、けれどどかか尊大に両腕を組むと、呟くような小さな声でボソリと答える。 「ぼっ、ぼくは、好きな相手と過ごせるなら、何処で何をしても充分楽しいぞっ」 「……」 思わず、有利は両目を瞬かせた。 すぐには言葉が出てこない。 「さっすが、最近男前度急上昇中の三男閣下。かっこいいこと言ってくれますねー。やーん、グリ江、閣下にメロメロになっちゃいそうー」 「お前にそんなことを言われても欠片も嬉しくない」 「確かにそうだろうな」 「うわっ、兄弟揃ってヒドっ!」 有利を置いてどんどん展開されていく会話を眺めながらも、有利は頭の中でヴォルフラムの言葉を繰り返していた。 繰り返して、繰り返して、噛み締める。 好きな人と過ごせるのなら、それだけで。 「そう……だな。そうだよな」 呟くと、三人の視線が集まる。 その顔に向かって、有利は笑った。 「ありがとな、ヴォルフ!おれ、ちょっと行ってくる!」 言い終わるか終らないかのうちに、駆け出す。 無性にグレタに会いたくなった。会って、たくさん話しをしたい。今度のデートの計画だけじゃない、グレタに関することを何でも。 映画や演劇を見るのもいいだろう。 遊園地へ行って遊ぶのも楽しいだろう。 けれどそれは、それが在るから、そこに居るから、楽しいんじゃない。 好きな人と一緒だから、楽しいのだ。 一方、中庭に残された三人組は。 「あっ、おい、ユーリ!どこへ行く!?ぼくを遠出に誘っていたのではないのか!?」 「ヴォルフラム、今回の陛下のお相手は、どうやら違うみたいだぞ」 「何―!?ぼくという者がありながら、あの浮気者〜〜〜っ!!」 「……隊長、あんた絶対弟の反応楽しんでるだろ?」 |
お題:「ふつうのデート」 |
あとがき 「天(マ)」と「NT分室06年7月号」のネタを少々拝借しました。 相変わらずウェラー卿を腹黒風味に書いてしまいます。どうやらそう書いた方が私は扱いやすいようです、彼のこと。(苦笑)腹黒じゃないコンラッドファンの方にはいつも申し訳ないですが……。 拙宅の話をいくつか読んでくださる方はお気づきでしょうが、拙宅のまるマ話では恋愛の話題が滅多に出てきません。なので、今回のように恋愛方面の考えを書くのは正直、不慣れで。「恥っ!」とか「臭っ!」とか、自分で自分につっこみながらの作業。(笑)そもそも恋愛観って、ひとそれぞれで違うでしょうし。 いつものことですが、「まぁ、こんな考え方もあるかもね」ぐらいに受け取っていただければ幸いです。 |