「はい、チェックメイト……って、この遊びではこう言わないんでしたっけ?」

 言いながらパチリ、と平たい駒を置けば。

 相手は高貴なる黒髪に、何の躊躇いもなく自身の両手を突っ込み叫んだ。

「あーっ!またやられた!!」

 

 

ただ願うだけでなく

 

 

「渋谷の意外な趣味が発覚してね。日曜大工好きの君に、これを作って欲しいんだ」

 魔王の親友でもある大賢者からの呼び出しに応じて、眞王廟へと出向けば。笑顔の少年がヒラリと一枚の紙を示してきた。不気味に光る眼鏡が、「否」の返事は受け付けないと主張している。もっとも、お庭番の彼自身も、命じられた仕事を断る気などさらさらなかったが。

 依頼されたのは、「将棋」という地球の遊び道具の作製。異世界の遊びというだけに、使用される駒の形も、それに書かれる文字も見慣れぬものばかりだったが、猊下から渡された図案を基に、何とか完成させた。

 その完成品を魔王に直接献上しに行けば、主君はいたく感激し。目を輝かせたまま「一緒にやろう!」と誘われ、今に至る。

 

 

「すごいな、ヨザック。おれの方が将棋経験長いのに」

 悔しそうにしながらも、有利が賞賛の言葉を口にする。

「まぁ、この遊びはチェスに似てますからね。取った相手の駒が使えたり、駒の数や種類が多かったりと、チェスより複雑なところもありますけど、慣れりゃ何てことありませんや」

実際、チェスならばそれなりに腕に覚えがあった。それに、今ので六戦目。初めは戸惑いもしたが、二・三戦もこなせばコツも掴めた。

「よし!ヨザック、もう一局!」

「えぇ?まだやるんですか?」

 ちょっと呆れ気味の声になってしまったが、相手はやる気に燃え上がっているのか、拳を固めて必死に訴えてくる。フォンカーベルニコフ卿の癖でもうつったのだろうか。小さいひとがこれをやると、やはり可愛らしい。

「だって、このままじゃ悔しい!おれにだって、経験者としてのプライドがあるっ!」

「あー……、わかった。わかりマシタ。でも、その前に……」

 かの毒女様をいじる勇気はないが、この魔王陛下は、どうにもいじりたくなるから不思議だ。

 臣下としてあるまじき思考の持ち主は、ニンマリと笑った。

「忘れたとは言わせませんよ?三・連・敗」

「う゛っ……」

 

 この遊びも四戦目を迎えた時。ただやるだけではつまらないからと、“先に三敗した方が相手の言うことを何でもきく”という約束になっていたのだ。

 そして結果は、四・五・六戦目と、ヨザックの三連勝。

 

「わっ……わかったよ。いいよ、やりますよ。おれも男だ、約束は守んないとな」

「さっすが陛下。海の男!」

「や、海賊でも約束守らない人いるから。ていうより、おれ海賊じゃないし、セーラー服も着たくないから!」

 魔剣探索の際に出くわした海賊達を思い出したのか、主君は心底嫌そうに首をブンブン横に振った。

 もっとも、お庭番にしてみれば、あのセーラー服とやらは死ぬまでに一度は着ておきたい代物だったりもするのだが。

「で?おれは何をしたらいいわけ?」

 腹を括ったとばかりに有利が見上げてくる。しかしその目には、はっきりと不安そうな色が見て取れて。

そんな顔をされては、別の意味で期待に応えたくなるというものだ。

「では陛下には、グリ江と一緒に女装して、街へお出かけしてもらいます!」

「えぇ!?」

 予想通りの相手の反応に、ヨザックは噴き出しそうになるのを必死に堪えた。こんなに分かりやすいひとも珍しい。

おまけに。

「まぁ、今のは半分冗談としてー」

「半分本気かよ!?」

 こちらのボケにいちいち素早くツッコミを入れてくれる。こんな楽しい人をからかうなという方が無理な話だ。

 本当に――愛らしい人。

 

 

「……いつまでも、お健やかに」

「へ?」

それまでのふざけた笑みを消して告げれば。相手もつられるように真顔に戻った。

「何でも言うことをきいてくれるんでしょう?オレからのお願いです」

「そんなことで……いいの?」

「ええ」

 

 “そんなこと”と、この若き王は言うけれど。これまでに病で倒れた王は数え切れないほどいる。

 誰からも愛されるこの主君だからこそ。

 少しでも、健やかに。

少しでも、長く。

――生きて欲しい。

 

「だったら任せてよ!おれ、滅多に風邪なんかひかないんだぜ?」

 

無論、ただそれを彼に願うだけじゃない。

 

「へぇ、それはそれは。頼もしいですね」

「毎朝走ってるのも、結構効果があると思うんだよねー。それに、自然治癒力も鍛えてるしな」

 

病や怪我に関することは、ギーゼラを始めとする医療班に任せるしかないが。

 

「あぁ、前に隊長に聞きましたよ。軍曹ど……じゃなかった、ギーゼラの力を借りずに自力で風邪を治したって。でもそれって、医療班の仕事がなくなっちまいやしませんか?」

 

もしもそれ以外の危険が彼の身に迫ったのなら。

 

「うーん。でも、ギーゼラはいい心がけだって言ってくれたぞ?何か兵士たちにも、耳の穴かっぽじってでも聞かせてやりたい御言葉だー……とか何とか」

「……陛下。罪なことしますね」

「え!?何それ!何でそんな結論になっちゃうの!?」

 

 

―――及ばずながら、手助けさせていただきますよ。―――

 

 

この身一つで、護るまでだ。

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 やっぱり話のパターンが似てきて……ゴホッゴホッ。「宝()」の例のシーンに繋がるイメージもちょっと盛り込んでいます。

 マニメで、有利がモルギフと将棋をしているシーンがあったかと思うのですが。(グレタが、「猊下がヨザックに言って作らせたのー」みたいな注釈も入れて。)今回はそのネタで書かせていただきました。あと、「迷ううちにクマは……ち?」のネタも少し。

 眞魔国にチェスがあるという設定は私の捏造です。何より、私自身、チェスも将棋もしたことがありません。(苦笑)ネットで調べつつという、相変わらず無謀なストーリー製作なのでした…。

 

 

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