「約束よ、ギーゼラ。もう誰も、こんな死に方はさせないで」 それは、わたしの上官に……大切な友に点けるための、火。 Take
after ・・・
「夢……」 「何だって今更……」
目の前のベッドに横たわるのは、最近異世界とやらからやってきたという、魔王陛下。……いや、正確には、その有力候補。 「あぁっ、陛下!強大な魔力を急にお使いになったばかりに!こんな……こんな……っ!」 「だからこそですよ、フォンクライスト卿。突然本能のままに強大な魔力をお使いになった。魔力も体力も、回復するには睡眠が一番です」 仕事中のため冷静に言葉を返したものの、ギーゼラは内心泣きたかった。 陽の光を受けて綺麗に輝く髪をこれでもかとかきむしり、長い睫の間から滂沱の涙を流し、仕舞いには形のよい鼻から滝のような汁。この世の終わりとでも言わんばかりに叫び狂うこれは、本当に彼女の自慢の養父だろうか。 「疲労が回復すれば、直お目覚めになるでしょう」 告げながら、診療器具を鞄に仕舞い、立ち上がった。こんな養父の姿を見ているのは忍びなく、早々に立ち去ろうと思ったのだ。 だが、老眼が入り始めている養父の話は、そう簡単に終わってはくれない。 「あなたにも見せたかったです、ギーゼラ。魔術をお使いになる陛下の毒々しいまでの美しさをっ!そして何より、その魔術をお使いになった理由がまたお優しく……」 「理由?」 初耳の単語に、ギーゼラは足を止めた。魔術を使ったのは、ただ単にフォンビーレフェルト卿との決闘に決着をつけるためではなかったのか。 振り返れば、養父は「おや」と暢気な声を上げた。 「話していませんでしたかね?あの決闘中、暴走してしまったヴォルフラムの炎術が、通りがかりの侍女を巻き込んでしまい……」 「炎術を!?でも、あの日は熱傷の患者なんて」 「ええ、それは大丈夫です。グウェンダルがとっさに彼女を障壁で覆ったので。けれどそれをご存じなかった陛下は、関係のない者を巻き込んだヴォルフラムの行為にお怒りになり、魔術をお使いになられたのです。まだ何の要素との盟約もしていらっしゃらないというのに、あの陛下の魔術の芸術性といったら……――」 思い出したのか、再びうっとりとした目で陛下への賛辞を連ね出す養父を尻目に、ギーゼラは半信半疑でいた。 まだ正式ではないとはいえ、一国の主が、たかが侍女一人のために怒り、魔術をふるうものだろうか。 その答えは、翌日の午後に出た。 思いの外 長引いている国境近くの村の紛争鎮圧は、幾人もの負傷者が出てしまい。怪我人の治療に駆り出され、救護用天幕の中を独り動き回っていたギーゼラは、突然降ってきた声に顔を上げ、硬直した。 何か手伝えることはないかと訊いてきた人物は、全身に黒を纏っている。服だけではない、髪も、瞳も。 わざわざ誰かと確かめるまでもない。 「陛下!いいえ、とんでもありません!」 慌てて立ち上がり礼をとるが、相手は特に気にする風もなく、天幕の中を覗いてきた。 ギーゼラ自身は慣れているが、うめき声と血の臭いが充満している筈だ。 「ほ、本当に申し訳ありません、こんなお見苦しいところを。ここはわたし一人で大丈夫ですので、どうぞ陛下は兵の指揮を……」 ギーゼラは言葉を止めた。天幕の外にあった足が、躊躇なくこちらに踏み入れられたからだ。 目の前まできた主君は、小さく首を横に振る。 「見苦しいわけないだろう?ここにいるのは、怪我して苦しんでる人たちなんだから。それに、おれは軍の指揮には向かないよ」 ギーゼラは、思わずその顔を凝視した。 王でなくても、少しばかり上級の貴族の中には、こんな救護用天幕に近づくのを嫌がる者がいる。まるで、そこに汚れた物があるかのように。 それについてどうこう言うつもりはない。彼女自身は自分のこの仕事に誇りを持っていたし、そう思いたい者は勝手にそう思っていればいいと考えていた。 けれど、目の前のこのひとはどうだ。 「また一人倒れました、お願いします!」 新たに追加の負傷者が運ばれてきた。 今の状態でも、この場の怪我人は有に二十を超えている。自分一人で対応しようと思えばできなくもないが、もう一人いれば、もっと確実な処置ができる。 ギーゼラは、傍に置いていた箱を手に取った。 「それでは、本当に申し訳ないのですが……」 そう前置きをし、治療用器具の入ったそれを相手に差し出す。最低限必要な注意事項と指示を告げれば、主君は頷き、躊躇うことなく負傷者へと近づいていった。 「そんな、もったいないです、陛下……」 か細い、けれど困りきったような男の声に、ギーゼラはふと顔を上げた。見れば、主君が消毒液を男の傷口にバシャバシャと振りかけている。 「何言ってんの。薬品をケチってどうすんのさ?」 患者の男を笑いとばすと、別の容器を掴んでギーゼラの方を向く。 「ねぇ、これって傷薬―?」 頷けば、今度は大き目のガーゼにそれをたっぷりと塗った。患者の「もったいない」という呟きが何度も繰り返されている。 確かに主君の行為は、現在の薬品事情を知らないからできるものだと言えよう。それに薬品も、多く使ったからといって必ずしも余計に効くとは限らない。 だが、ギーゼラは止めなかった。患者のためには薬品をケチるなという心意気に、素直に好感を持てたのだ。最近の男たちに、果たしてそんな心意気を持つ者がいただろうか。 その後は、お互い黙々と治療作業を続けた。 途中、興奮状態に陥った人間が騒ぎ、魔族の兵と一悶着起こしそうになったが、そこはいつものように揮発性の麻酔薬と一喝で対応する。 と、呆気にとられたような主君の喉元で、何かがキラリと光った。 「あら、それは」 思わず覗き込む。 見覚えのある、青い石。かつて彼の人が首から下げ、あの戦時中にはウェラー卿の胸にあった、魔石。 「コンラート閣下からの献上品ですか?」 問えば、驚いたようにしながらも相手が頷く。 「やはりそうですか」 成る程、とギーゼラは独り納得する。 ウェラー卿がこのひとに魔石を渡した理由が、分かる気がした。この新たな主君は、どこか彼女に似ている。目も見えるし、身体にも問題はなさそうだが、それでも、心根が。 下々の者のために怒り、怪我人たちを心から案じ、薬品をケチるなと笑う。 ―――ジュリア。まるで貴女みたい。 ギーゼラは、前屈みになっていた姿勢を元に戻す。 不思議そうに見詰めてくる主君の喉元では、変わらずに青のそれが存在を主張していた。 なぜだろう。あの頃は、彼女以外にこの石が似合う者などいないだろうと思っていたのに。 「よくお似合いです、本当に」 微笑んで、ギーゼラは新たな負傷者へと向かっていった。 久しぶりに視た彼女の夢は、この出会いを暗示していたのだろうか。 |
あとがき 「有利とギーゼラ」がメインなのに、前半はギュンター閣下が目立っちゃってますね。(苦笑)ネタも以前書いた「やかん」に被り気味…。ううっ。 参考は、言わずもがなの「今日(マ)」と、「いつか(マ)」。書きながら懐かしかったですー。 |