深々と、夜の冷気が降りてくる。 たまにはこんな日も 「綺麗な満月だねー」 手にした紅茶を一口含み、魔術師が呟く。声をかけた相手は、室内でサラサラと筆を走らせている男。 「ったく。俺に仕事させといて、てめえはのんびり月見かよ」 「仕方ないでしょー?オレ、絵は描けるけど、この国の文字は分からないんだから」 窓辺に近い桜の樹の枝上に陣取ったファイが、へにゃんとした笑みを浮かべる。この国で使う名前を決める時もそうだったしー、と。 「あの妙な名前の話題は出すな!!あー、くそっ。あん時も俺が自分で文字を書いておきゃよかった」 「えー、絶対ぴったりなのにー。『おっきいワンコ』。今怒鳴ってるのだって、狂犬が吠えてる感じにそっくりだし」 「誰が怒鳴らせてると思ってんだ!ああっ!?」 益々大声で怒鳴る男に、ファイは愉快そうに笑う。 そこへ、第三者のからかうような声が割って入った。 「黒鋼ったら悪い子だ〜。そんな大声出したら、サクラや小狼が起きちゃうのに〜」 ぴょこん、と黒き男の肩に飛び乗ってくるのは、真っ白な魔法生物。悪い子呼ばわりされた男は、ギンとそちらを睨む。 「きゃーっ、ファイー!黒鋼がモコナを睨み殺そうとするー!!」 叫びながら窓の外へと飛び出したモコナは、言っている台詞の割には楽しそうで。飛びつかれた白き魔術師も、それ相応の反応を返した。 「大丈夫だよー、モコナ。それは睨んでるんじゃなくて、見詰めてるだけだからー。愛情、愛情」 「きゃっ、モコナもてもて!」 「てめえら、いっ……――いい加減にしやがれっ!」 再度大声を出しかけた黒鋼はしかし、途中で思いとどまり、声のボリュームを下げて怒鳴る。それを横目で見た魔術師は、小さく笑った。本当、妙なところで律儀というか、優しいというか。 こちらも合わせて、小声で応えることにする。 「はいはい。わかったから、早く注文票を書いてねー。明日から使いたいから」 「そうだよ黒鋼〜。モコナを見詰めたい気持ちはわかるけど、ちゃーんとメニュー書いてね」 「〜〜〜っ!」 握りこぶしを震わせた男は何を思ったか、短冊形の紙を二枚掴むと、怒りをぶつけるかのように文字を書き始めた。 「ん〜?急にやる気が出たのかねぇ?」 「黒鋼、やけくそなの〜」 「あ、成る程ねー」 窓外で好き勝手に言われている間にも黙々と筆を動かしていた男は、完成したその二枚をバン!バン!と床に置いた。 ふん、と鼻で笑うその顔は、どこか満足気で。ファイは「おや?」と思った。 「黒様〜、もしかして今、注文票じゃないの書いた?」 「え!?黒鋼何書いたのー?」 興味を持ったらしいモコナが、ファイの肩からピョーンと飛び降り、再び室内へ戻る。そのまま、墨を乾かし中の短冊を覗き込んだ。 「あっ、ひっどーい!黒鋼ったら、モコナとファイの悪口書いてるー!!」 ぷうっ、と頬を膨らませて抗議する白き生き物に、黒の忍は意地の悪い笑みを返すのみ。 「モコナー。黒ぷーが書いてる悪口って、どんなのー?」 「『変猫(大)注意』と『怪生物(小白)注意』−。ひどいよねー、モコナはモコナなのに〜」 「あはは〜、オレは変猫かぁ」 「どっちもお前らにピッタリだろ」 どうだと言わんばかりの黒鋼に、ファイは思わず吹き出しそうになった。 ――黒様ってば、ギャップが激しすぎるー!! 強面のくせに、やっている抵抗は結構子供じみている。まぁ、文字に書けば怒鳴らずに済む、という理由もあるのかもしれないが。 「よ〜し!モコナも負っけな〜い!!」 何か思いついたらしい魔法生物は、予備として置かれていた筆を取ると、サラサラと短冊に文字を書き始めた。「あぁ?」と怪訝そうに黒鋼が言ったが、彼も無理やりやめさせることはせず。 そして。 「できた!」 満足そうに笑ったモコナは、ピョン、と黒き忍の膝に乗った。 「見て見て!じゃーん!」 「あ?『猛犬(大)(小)注意!!』って、やめろ!ますます犬の印象が強くなるだろーがっ」 「なんでー?黒鋼と小狼、鬼児狩りワンココンビのいい宣伝になるのに〜」 「嬉しくねえっ!!ってか、鬼児狩りに宣伝なんか要るかっ!」 「平和だねぇ……」 室内で展開される遣り取りに小さく笑いを零し、ファイは上空を見上げる。 漆黒の空に浮かぶ満月。桜の花びらは風に吹かれてハラハラと舞い。その間を縫うように、紅茶の白い湯気が闇を漂う。 本来ならば、あの室内の会話に自分も混ざって黒き忍をからかうところだが。今は少し、この趣をじっくり味わっていたかった。 平和な風景、平和な遣り取り。 「こんな のんびりしてる場合じゃないんだけどねぇー、オレ」 ぽつり、と誰にともなく呟く。 でも、こんな日もたまには悪くない。 最近そう思える自分は、どうかしているのだろうか。 |
あとがき 初めの予定では、ファイさんもモコナと一緒になってワンココンビについてからかう……というものでしたが。元にした扉絵をよくよく見返してみれば、ファイさん、モコナ達の方を見ていないんですよ!(苦笑)よって、ファイさんにはからかいに参加してもらわないでおきました。 そんなわけであの扉絵は丁度、モコナが「じゃーん!」と言っているシーンとなっております。(管理人の中では、ですが。笑) |