※今回の話は、裏(マ)CD三部作を聴く前に書いたもののため、裏(マ)でのヨザックとアニシナの様子とは全く異なっております。加えて、「迷ううちに花は」も未読の状態で書いた話でもあるため、そこの世界観とも綺麗にズレております。

それでもいい、あるいは裏(マ)を未聴の方「迷ううちに花は」を未読の方のみ、お読みになって下さい。

 

 

 

 

 

たとえ、手遅れでも

 

 

「グリエ・ヨザック、只今戻り……って、あっれ?」

 急いでいたため、上官の部屋のドアをノックと同時に返事も待たずに開いたお庭番は、予想していたものとは違う光景を目にして、小首を傾げた。

 そこには、今まで滅多に眉間から皴の消えたことのない、しかし実は小動物と子供をこよなく愛する上官がいるはずだったのだが、書類が山積みになっている机には、代わりに少女が一人、座っていた。この眞魔国の魔王の娘・グレタだ。

「あっ、グリ江ちゃんだ〜。久しぶり〜」

「あら、ほ〜んと。ご無沙汰ね〜」

 予想に反した人物ではあったものの、満面の笑みで手を振ってくる少女に、彼も同じく片手をヒラヒラと振って答える。

 この少女は、二人の父を親に持つという、事情を知らない者が聞けばさぞ驚くであろう境遇の娘だ。最近はこの部屋によくやってくる“毒女”に強い憧れを抱いているらしく、父親が不在の際は彼女に会うためにここにいることが多いらしい。泣く子が更に泣くあの毒女を平気で崇拝する辺り、色んな意味で彼女は大物だ。さすがは魔王の(隠し)子。

 

 よく見れば、上官の回転椅子に座ってクルクルと回っているグレタは、手に何やら本を持っていた。何の本かと尋ねると、相手は小さな瞳をクリッと動かし、輝いた目でこちらを見上げる。

「これ?これはねぇ、すごいんだよ!アニシナがつくった絵本なんだよ〜」

「えぇっ?!アニシナちゃんったら、ついに絵本にまで手ぇ出しちゃったの?!」

 赤い悪魔と称される彼女が今までに手がけた児童文学は、はっきり言って子供……というより読者全てを怖がらせるためのような話ばかりだった。文字だけでも十分恐ろしいそれが絵本になるとは、どんな恐怖のイラスト付なのだろう……。

 恐ろしさ半分、好奇心半分で彼は後ろからその絵本を覗きこんだ。 と、そこには暖かそうな太陽と真っ青な空。下には黄緑色の柔らかそうな草が生い茂り。とても長閑な、草原の風景だった。

「あっ、な〜んだ。意外と普通の……って、うっわ!」

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、隣のページに目をやった彼は思わず唸った。

穏やかだ。確かに背景は穏やかなのだが……肝心のメインの絵は凄かった。地べたに這い蹲って苦しそうにしている男。そしてその男の背中に片足をのせて勝ち誇っている、赤いポニーテールの女。

「ええっと、これはどんな……」

「お話のこと?面白いんだよ〜。あのね、毒女が、賢い男を捜して旅に出るの。でも、会う男はみーんなダメでノウナシ男だから、毒女がどんどんやっつけていくの。それでね、最後には世の中の男がみーんな毒女にやられちゃって、やっぱり男より女が凄いのよねーってお話なの!!凄いでしょ!?」

「ああ……、それはまた……凄いですね」

 ……別の意味で。

 いくら背景が喉かでも、これじゃあ全く意味がなかった。子供もそうだが、これはどちらかと言えば世の男たちの方が怖がりそうだ。

「お願いですから、将来こんな風に男をいじめないで下さいねぇ」

「う〜ん。よく分かんないけど、とにかくグレタは将来、第二の毒女を目指すの〜」

「……」

 楽しそうに笑うグレタに、ヨザックは思わず顔を片手に埋めた。

―――……陛下〜、あなたの大事な娘は、何だか危険な道に向かってますよ〜〜〜。

 お庭番が、そんな届くはずもない念を主に飛ばしていると、彼がここに訪ねてくる理由を既に理解しているグレタが、手にした絵本に視線を戻しながら言った。

「グウェンならねぇ、アニシナと一緒に研究室に行ったよ」

「へ?ああ、またですか……」

 正しくはおそらく、“行ったよ”ではなく“強制連行されたよ”だろう。

 お庭番は軽く息をつくと、

「んじゃ、救出に行ってきますか……」

 誰に言うでもなく呟き、面倒くさいと思いつつも踵を返す。けれど。

「グリ江ちゃん、行っちゃうの?いつかグレタとも遊んでね?」

「は〜い。グリ江も楽しみにしてるわん」

 背後からかけられた残念そうな声に、女口調で返すのは忘れなかった。

 

 

 

「う〜ん、四ヶ月。いや、もっとかねぇ?……おっと!」

 目的地へと向かいながら、ヨザックは記憶の糸を手繰り寄せる。最後の妙な一言は、前方から飛んできた矢の雨をかわしたためだ。

 フォンカーベルニコフ卿の研究室は、グウェンダルの部屋からさほど遠くはない。が、そこへ行くには、あちこちに仕掛けられたアニシナ嬢特製の物騒な罠を掻い潜らなければならかった。

まぁ、彼にとっては「ちょっとハードな運動」といった感じだが。

「とにかく、随分と久しぶりなのよねぇ、アニシナちゃんとは。……っと」

 天井から無数の剣山が落下してきた。ほんの0.5秒前まで彼のいた床に、しっかりとその刃が突き刺さる。

「まぁ、こんなの作ってるってことは、相変わらず元気そうだけどねぇ。今日も実験みたいだし?」

 ご丁寧に、仕掛けられていた罠は前回彼が潜り抜けたものから完全にリニューアルされていた。彼女にしてみれば、一度突破されてしまった罠になど用はないのだろう。

現に、その罠のレベルは回を増すごとに上がっている。

「こりゃあ、今回を切り抜けちまったら、ますます厳しい罠になっちゃうんだろうなぁ。あーあ、優秀な兵士は辛いわ〜」

 グリ江口調でそんなことを言う彼は、自身でも気付いていなかった。

 アニシナのことを思い出していた自分の口が、微かに弧を形作っていたことに。

 

 

 

「これは また……」

 “地獄の部屋”と魔族にさえ恐れられている、フォンカーベルニコフ卿の研究室を前に、ヨザックは思わず苦笑いを浮かべた。

 ドアには、黒く塗られた板に赤い文字で「世紀の大実験中。進入禁止」と、おどろおどろしく書かれたものがぶら下がっている。

なぜよりによってこんな配色にしたのだろう。それにあの罠。こんなことをせずとも、怖がって誰も入ろうとはしないのに。

 しかし、彼は入らなくてはならなかった。何しろこれでも、上官に急ぎの報告事項がいろいろとあるのだ。その任が済まなければ、休みたくたって休めない。

 意を決すると、彼はその地獄への扉をノックした。

「閣下〜?アニシナちゃ〜ん?」

一度呼んでも、やはりというか当然というか、ドアが開かれる気配はなく。彼は更に強い調子でドアを叩き、声を張り上げた。

「閣下〜!!って言うか 多分動けないだろうから、アニシナちゃ〜ん!!」

 初めに叩いてから、1分以上は経っただろう。ようやく、ガチャ、というカギの開く音がした。

「何なのですか?!騒々しいっ!!」

 バンッ!、と勢いよく開かれたドアに、ヨザックは慌てて身を捻った。あと少し反応が遅かったら、今頃顔面が赤く腫れていただろう。

 部屋の入り口で仁王立ちする小柄な女は、吸い込まれるような水色の瞳をキッと彼に向けた。

「進入禁止とあったでしょう!まったく、最近の男は、文字もまともに読めないのですかっ?」

 一応読めますけどー……。

 というか、魔族と人間、両方の文字を読める彼は、この眞魔国では文字に関してかなり優れている方なのだが、彼女にそんなことを言ったところで無駄だろう。もちろん彼自身も、そんな抗議をするつもりは一切ないが。

 彼はその代わりにニッコリ笑い、自分の足元を指差した。

「わかってるわよ〜、アニシナちゃん。だから、まだ部屋には“進入”してないでしょ?」

 確かに彼の両足はまだ、地獄と称される研究室外の廊下にあった。

 アニシナの形のよい眉が、ピクリ、と一瞬跳ねる。

「まあ!形勢が不利になると、今度は言葉の綾で誤魔化そうというわけですねっ?!まったく。これだから男は卑怯だと言われるのです。同じ綾なら、暗いじめじめした所で 独り寂しく体育座りで綾取り(あやとり)をしている男の方がまだマシです!」

 果たして本当にそうだろうか……?

 おそらく尋ねれば彼女なりの理由が返ってくるのだろうが、長くなりそうなのでヨザックはやめておいた。

 未だ続くアニシナのお説教に尤(もっと)もらしい相槌をうちながら、彼は彼女の肩越しに研究室内を見やる。相変わらず、何に使われるのか皆目検討のつかない巨大な機械が所狭しと陳列し、あちこちに置かれた何とも形容しがたい色の液体からは、泡が絶えず沸き起こっている。

 そんな地獄の景色よろしい研究室の窓際の椅子に、彼は目的の人物を見つけた。

 普段の重々しい威厳のある姿はどこへやら、妙な機械を体中に装着された“もにたあ”役の上官は、少々やつれてさえ見える。強い魔力があるというのも考えものだ。

 目が合うと、グウェンダルが必死の形相で口をパクパクさせた。ヨザックは読唇術を試みる。

『たすけてくれ!!』

 ……そりゃそうだろう。

 

「ちょっと!聞いているのですかヨザック?!」

「え?あぁ、はいはい。聞いてますよ〜、もちろん。んもぅ、そんなにカリカリしないで……あ、もしかして、この間胸の大きさでオレに負けたこと根にもってるとか?」

 ニッ、と悪戯っぽく笑うと、相手の肩がピクッと微かに揺れる。

「何を考えているのですかっ?!実験にはそんなもの必要ありませんっ!!これだから諜報要員は筋肉と見た目ばかりの能無し男と呼ばれるのですっ!」

 実際のところ、そう言い出したのは彼女なのだが。

「とにかく!眞魔国の発展を妨げる者はさっさと出て行きなさい!」

「だから、まだ入ってもいませんって。あと、その人聞きの悪い言い方もやめてくれません?」

 “実験→成功→眞魔国大発展!”の構図は、彼女の中では変わることない大前提らしい。

 まぁ確かに、恐ろしい方向になら大発展しそうだ。

「とにかくオレも、閣下を返してもらうまでは此処から離れられないわけですよ。仕方ないでしょ?報告事項が山積みなんだから」

「だったらここから、あそこで情けなくヘバっている男に大声で伝えなさい。こっちはもっと大事な実験の途中なのですからねっ」

「あら〜、そうくるか。でもこれ一応、秘密事項だから大声は無理かなぁ〜」

 彼なりには、今のも、そしてさっきの「負けたのを根に持ってる」発言も、結構大きなカマかけだったのだが、あっさり返されてしまった。

 確かに上官はヘバっている。というか、あと数分もすれば、意識がどこかへ旅立ちそうだ。

 何とか早いところ連れ出さなければ、彼の身はもちろん、自分の身だって危ない(あとからグウェンにこっぴどく叱られる)

 彼はとうとう最後の切り札を出すことに決めた。

「あ、そうそう、アニシナちゃん。実験と言えばぁ〜」

 笑顔は保ったまま、自分のさっき来た道を指差す。

「罠、今回も潜り抜けちゃったわよ〜。結構あっさりで、な〜んか期待外れって感じ?アニシナちゃんも、こっちに関してはまだまだみたいね〜」

 実際のところは、前回よりも遥かに厳しかった。ここまでたどり着く時間もかかったし、何より初めてここの罠で怪我(かすり傷一つだが)を負った。

 が、もちろん、その部位は隠しているし、言うつもりもない。

「日用製品の製作もいいけど、罠の研究した方がいいんじゃな〜い?」

 留めの一言を口にすると。

 

「グウェンダル!何をそんな所で休んでいるのです!実験の邪魔です、今すぐ出ていきなさい!!」

「何?!いいのか?!」

「ええ、これから私は超強力な罠の開発にあたります。無能なあなたがいたところで、何の役にも立ちはしません。しばらく私の邪魔をしないようにっ!」

さっきまでと態度を180度変えたアニシナは、グウェンダルから手荒に機械を取り外し、彼を廊下へ放り出すと同時、派手な音を立てて扉を閉めた。 

「お疲れさんです、閣下」

 未だ立ち尽くしたままの相手に声をかけると、上官はやっとのことで声を絞り出した。

「たっ……助かった……」

 

 

 

 自分が壊した数々の罠の残骸を横目に、上官と並んで元の部屋へと向かう。

「助かった。礼を言う」

「何言ってるんすか。閣下が凄い目で“助けろ!”って訴えかけてたんでしょうに。オレは命令に従っただけですよ。あ、でも……――」

 ヨザックは、片腕を持ち上げて上官に見せる。

「次からはご自分で何とかなさって下さいね?オレ、今回の罠でも結構危なかったですから。ほら、この傷もさっき」

「何!?だったら何でさっきあんなことを言った!次の罠の難易度が上がるに決まってるだろう!?」

「他に方法がなかったんですよ。ああでも言わなきゃ、閣下は今もまだ“もにたあ”中だったと思いますけど?」

 失礼と知りつつも言い返すと、相手は黙った。どうやら納得してくれたらしい。

 しばらくの間の後、フォンヴォルテール卿が再び口を開いた。

「お前は、アニシナの扱いが上手いな」

「は?」

 思いもよらぬその言葉に、ヨザックは小首を傾げる。

「あいつにあんな態度をとれる奴は、久しぶりに見た」

「そうですかねぇ?オレは ずっと貶(けな)されてたとしか……ん?」

 思わず、お庭番は足を止めた。

 さっきアニシナが言った言葉。

 

『これだから諜報要員は筋肉と見た目ばかりの能無し男と呼ばれるのですっ!』

 

 “能無し”という部分で貶されていることは確かなのだが、その前の部分。

 裏を返せばこうだ。

 

『筋肉と見た目は 良し』

 

 

「どうした、グリエ?」

 振り返った上官が怪訝そうに尋ねてくるが、それでも頬が緩んでいくのは止められなかった。

 どうして、彼女に褒められたと思っただけで、こんな気持ちになるのか。

 そう自問しつつも、答えはもう分かっていた。どうやら自分は、カナリ厄介な相手を気に入ってしまったらしい。しかも強敵(ライバル)は、目の前にいる上官。

 とてもじゃないが、成就する見込みは無い。

「ほんと、オレって可哀想な奴」

「何だ?何か言ったか?」

 更に怪訝そうに眉間に皺を刻むグウェンダルに、ヨザックは片手を振った。

「いーえ。こっちの話です。それより閣下、早く部屋に戻りましょ。オレも早く報告済ませて、休みたいですよー」

 

 

気付いたときには、もう手遅れ。

けれど、上官に振った片手に白旗を持っているつもりは、さらさら無い。

運命なんて、生きている限り日々変わり続けるのだから。

 

こうして、彼の永い永い片想いが始まった。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 実はこれが初書きまるマ話なのです……が。「めざ(マ)」でのヨザックの「アニシナちゃん」発言を元に書いたのです……が。

 あうぅ、ごめんなさいー!!本当に、裏(マ)CDを聴いた時は愕然としました。魔剣探索の時にすでに、ヨザックはアニシナさんに惚れちゃってたんですよー。しかも、アニシナ嬢の命令にはヨザック、あっさりと従って上官を捕獲するし。完璧にこの話の二人とは違う関係がそこにありました。(泣)

 私は、一人ぐらいアニシナさんともやりあえる人がいたっていいんじゃないかと思ったんですけど(←つまりこの話ではヨザック)、やっぱり彼女に敵う男性はいないということのようですね。

 せめてグレタを出さなきゃ、話の時期ぐらい誤魔化せたのに……しまったなぁ。

 

更に追記(06/03/25

 「迷ううちに花は」(The Beans VOL.4より)、タイトルだけは知っていたんですけど、ヨザック出てたんですか!?しかもアニシナ嬢とグウェンダル閣下も!?し、知らなかった〜!ショック!(というか、読みたいんですけど〜!!!!)

 そりゃあ、気長に待ってれば番外編として文庫本が出るんでしょうけど、いつになるんだろう……まだまだでしょうねぇ。

 タイトルが「たとえ、手遅れでも」となっておりますが、色んな意味で今回の話にはピッタリなタイトルになってしまいました……。うふふ。(遠い目)

 

更に更に追記(苦笑) (06/11/23

「今日から(マ)王!?」で無事に拝読できました♪

 

 

 

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