ちかくて とおいもの 鶴の恩返しならぬ、魚人姫の恩返し。 「ほんと速いな〜」 おれ・渋谷有利は、流れていく周りの景色を眺めながら感心していた。といっても、ここは海上だから見える景色は青ばかりだが。 小シマロンの貨物船から救命ボートに移って丸一日。一向に聖砂国への距離が縮まらず途方に暮れていたところにやってきたのが、魚人姫と魚人殿だった。 彼らは、おれが眞魔国の汚水溜まりから(村田と間違えて)救出した魚人姫の仲間らしく、その恩返しに現れた、というのが今のところの有力な説だ。だが、申し訳ないことに、実のところどの魚人姫があの時の彼女なのか判別できていない。多分、最初におれの手を掴んだ魚人姫がそうなのだろうけど。 そんな彼らの必死のスイムに運ばれ、おれたちの乗った救命ボートは先程までとは比べ物にならない速さで進んでいた。 「おれたちが漕ぐ必要もなくなっちゃったな」 「ほんと。この調子なら、日暮れまでに港に着けるかもしれませんね」 おれの右隣に陣取っているヨザックが、手をかざして前方を見ながら言う。 「日暮れ前に?うわー、ほんと有難い。感謝しなくちゃ」 「そうですね。 あと、坊ちゃんの優しさにも」 「はい?」 訳が分からず隣人を見上げる。 「だってそうでしょ?坊ちゃんが魚人姫を助けたから、こうして彼らは恩返しに来てくれたわけじゃないですか」 「え゛。あ、あぁ……」 少々罪悪感に苛まれる。何しろあれは、村田と間違えて救出しただけなのだから。 勿論、相手が村田でなくとも、困っているのなら助けてあげたいと思う。ただ、あの時点ではまだ、魚人姫の存在も、彼女らが自分の国民であることも知らなかった。怪物と勘違いして逃げ出していた可能性も充分あるのだ。 それなのに、目の前に座るサラレギーまで、おれの罪悪感を更に刺激する言葉を発する。 「本当に、そこの偽女の言う通りだよ、ユーリ。こんな形(なり)をした者にまで、あなたは優しくしてあげるんだね。わたしも見習わないと」 「うーあー、いやー、そのぉー……」 右側でピクッとお庭番が反応した気がするが、フォローしてやる余裕もない。 膨れ上がる罪悪感と、遠慮なく向けられる賛辞に堪えられず、おれは話題の転換を試みた。 「あっ!そ、そうだ!魚人姫といえば、コ……」 サラの左隣。おれにとっては右斜め前に陣取っている人物に声をかけようとして、言葉を止めた。 言おうとした言葉は、こうだ。 コンラッドって昔、魚人姫と恋に落ちたことがあるんだよな? 冗談だったのか本当なのかは分からないが、以前、彼本人から聞いた話だ。 けれど、ウェラー卿を見て思い出す。今は、お互い必要以上に話しをするべき仲ではないのだと。さっきだって、自分はそういう態度をとった。 『……陛下って、呼ぶな。あんたの陛下はおれじゃないだろ』 『失礼……つい取り乱しまして』 さっきはあんな風に拒絶しておいて、自分からは話しかけるなんて、調子がいいにも程がある。 不自然だと知りつつも、おれは彼から視線を逸らした。 「こ……この間、さ。ヴォルフに魚人姫の抱き方を教わったんだよ。こーんな感じで抱き上げるの。でもあれってどう見ても、漁師さんの“とれとれピチピチお魚抱き”だと思うんだよねー。なのにヴォルフは、それが紳士の嗜みだとか言って……――」 無理やり 話の方向を捻じ曲げ、トルコ行進曲を発動させる。 サラは興味深げに話に乗ってきたが、あとの二人には やはり気づかれたらしい。ヨザックは気遣わしげにおれを見、ウェラー卿は無言で視線を背後の海に向けた。 早く聖砂国に着かないだろうか。 喋りながらも、頭の隅ではそんなことを思う。一秒でも早く、この状況から逃げ出したかった。 狭い救命ボートの上。 斜め前に座った名付け親との距離は、 息苦しいほど近く、 けれど――泣きたいほど遠い。 |
あとがき 「めざ(マ)」と「やがて(マ)」、「母子。(←「(マ)スペシャルファンブック」より)」を参考に。ちなみに初書きサラレギーです。 このお題を見た時から、有利と次男閣下との距離について書こうと決めていました。でも、始終シリアスの予定だったのに、いつの間にか前半は妙な空気に。(苦笑)やっぱりシリアス話にもちょっとした笑いを入れたくなってしまうようです、私。 |