竹馬之友 眞魔国の中心とも言える血盟城。その名の持つ響きとは違い、そこは、いつも明るさに溢れている。 咲き乱れる色とりどりの花、小鳥のさえずり。時には、そこに住まい、あるいは働く人々の楽しそうな笑い声も響く。 そんな血盟城でも一際明るい、いつでも暖かな陽光が降り注ぐ中庭で、今、ちょっとした騒動が起こっていた。 「陛下、気をつけてくださいよ?」 「ユーリー!頑張ってー!!」 「了−解」 中庭の一角にある大樹の根元にいるのは、魔王の娘・グレタと、護衛役のウェラー卿。しかし、護るべき対象である当の魔王陛下は、樹の上――正しくはその樹を登っている最中であった。 彼の目指す先である太い枝上には、赤茶色の毛を細かく震わせている子猫がいる。どうやら樹から下りられなくなっているらしい。 彼らがこの猫を見つけたのは、地球的感覚で言えば五分ほど前。そして、最初にその救出役を買って出たのはやはり、ウェラー卿であった。 しかし、そこで待ったをかけたのが魔王陛下。最近木登りをしていないから久しぶりにやりたい、という理由からの名乗り出であったが、娘にかっこいいところを見せたい、という思いも少なからずあったようだ。 他人の感情に聡いがゆえに 主君のそんな親心に気付いてしまった護衛役は、反対することができなくなり。結局、「くれぐれも気をつけてくださいよ」を連呼しながら、魔王に救出役を譲り渡したのだった。 さすが、自称野球小僧を名乗っているだけあり、この手の遊びもやっていたらしい。有利は慣れた動作で危な気なくスルスルと登り、あっという間に子猫のいる枝まで辿り着いた。 「ほーら、いい子だ。助けにきたぞー。一緒に下に降りようなー」 優しく話しかけながら、めぇめぇ鳴く赤茶に手を伸ばし、それを自身の腕中に収める。 「やったー、ユーリ!」 嬉しそうに声を上げる少女の隣で、護衛もほっと息をついた。が、その時だった。 未だ興奮状態にあるらしかった子猫が、有利の腕の中で身じろいだ。その反動で、子猫の体はスルリとそこから抜け落ちる。 「え!?ちょっ、ちょっと!」 慌てて魔王が腕を伸ばし、落ちていく猫を捕まえた。しかしそのためにバランスを崩し、一人と一匹は、そのまま枝上から落下する。 「あっ!?」 「ユーリ!!」 グレタが息を呑むのと、ウェラー卿が動いたのは同時だった。素早く駆け寄り、彼らの真下に滑り込む……――。 ドサッ、という鈍い音と共に有利が目を開けると、茶色の瞳とかち合った。 「ユーリ!怪我は!?」 「あ〜、なんとか大丈夫……。ありがとな、コンラッド」 「いえ、ご無事ならよかっ…―――」 「コンラッドーー!!」 「……へ?」 有利は思わず呆けた声を上げた。 愛しい愛娘が、不安に顔を歪めてこちらに駆けてくる。それはとても嬉しいのだが、少女が今 口にしたのは、自分の名ではなかったような……。 そしてそれは聞き間違いではなかったらしく、駆け寄ってきたグレタの手は、魔王と猫の下敷きになっていた護衛の袖を掴んだ。 「大丈夫!?コンラッド!今、腕が変な方向に曲がってたよ!?」 「あ〜あ〜、そうですかぁ〜。グレタも遂に親離れの時期が……って、えぇ?!腕が曲がった?!」 驚いて相手を見れば、彼はハハ、と笑う。 「まさか。いくら俺でも、そこまでキャッチは下手じゃありませんよ。ほら、この通り」 コンラッドが、両腕を曲げ伸ばししてみせる。確かにその動作に不自然さは感じられない。 「そっか〜、なら良かった」 「でも……」 未だ不安そうな少女の茶色の髪に、ウェラー卿がそっと片手を置く。 「グレタは、見間違えちゃったかな?心配してくれてありがとう」 「う……ん。そうかもしれない。 あっ、そうだ!ユーリは!?ユーリは怪我してない?」 「大丈夫デス。思い出したような御心配、ありがとう……」 「え〜、違うよー!グレタはユーリのことも心配したよ?」 「うんうん、ありがとう。コンラッドのついででも嬉しいよ……」 「だから違うってば〜!」 そんな微笑ましい親子のやり取りを見ながら、ウェラー卿はほんの少し、自身の腕を掴んだ。 しかし、彼のその動きに気付いたのは、有利の腕の中にいる子猫だけだった。 「失礼しましたー」 上官への報告を終え、ヨザックは部屋の扉を閉めた。とそこへ、この国で最も尊い、けれど明るい声が掛けられた。 「あっ、ヨザックー!」 振り向けば、廊下の奥から魔王陛下が片手を振りながらやってくる。隣には愛娘、そして後ろには護衛役と、よく見かける組み合わせだ。 「久しぶり!今日帰ってきたのか?」 「ええ、今朝方。お久しぶりです、陛下。グレタお嬢さんも」 「久しぶり〜、グリ江ちゃん」 前列の二人に挨拶を済ませ、後ろにいる元上司を見る。と、何故だか相手は視線を逸らしてきた。 ――何だ? 「ヨザックが出てきたってことは、グウェンダルはまだ部屋にいるんだよな?」 「あ、ええ。いらっしゃいますよ。……で、その猫はどうされたんで?」 さっきから魔王に抱かれてめぇめぇ鳴いている子猫を指差す。 「うん。実はさっき、樹から下りられなくなってるところを助けたんだけど、どうしたらいいのか分かんなくてさ。グウェンなら、里親探しも上手いんじゃないかと思って……って、うわ!」 未だに興奮がおさまっていなかったらしい猫が、有利の腕から飛び降りた。廊下に四足が着くと、あっという間に逆走――つまり、ウェラー卿のいる方へと駆け出す。 「あっ、ちょっと!!」 慌てたように魔王が声を上げるが、ヨザックは特に動かなかった。 子猫の走っていく先にはコンラッドがいる。自分の出る幕などなく、あっさりと捕まるだろう。そう判断したのだ。 しかし、実際は違った。膝を折り腕を伸ばしたウェラー卿だったが、猫はスルリとその手を逃れたのだ。 ――は? しかし、そこは“ルッテンベルクの獅子”とまで呼ばれた男。すぐさまその身を反転させると、子猫を背後から抱き上げる。 その一連の動きを見たヨザックは、ようやく全てのことに合点がいった。 ――なるほど、そういうこと……か。 「まったく、すばしっこい猫ですね」 ウェラー卿は、苦笑を浮かべながら赤茶を主君に手渡した。 動揺は決して、顔にも声にも出さないように気をつける。 「ほんとだよなぁ〜。お前、そんな元気があったんなら、樹からも自力で下りられたんじゃないか?」 猫の頬を突付きながら言う主君の横顔を見ていると、視界に見慣れたオレンジ色が割り込んできた。 「陛下、ちょっとお願いしたいことが」 「ん?何?ヨザック」 「隊長を、ちょっとの間貸してもらえませんかね?」 幼馴染のその言葉に、マズイ、とコンラッドは思った。 だが、止めに入る前に、主君は返事をしてしまう。 「うん、いいけど?……っていうか、貸すとか借りるとかの問題じゃないだろ?コンラッドは別に俺の所有物じゃないんだからさ。気にせず連れてってよ」 「おや、そうですか?では遠慮なくー」 また後でな〜、と笑顔を残し、主君は娘と共にフォンヴォルテール卿の部屋に入っていってしまった。 「……どういうことだ?ヨザック」 しばしの沈黙の後、幼馴染に問いかけた。 すると相手が呆れたような顔で近寄ってくる。 「それはこっちの台詞なんだけど……な!」 「っ!」 腕に激痛が走り、思わず呻いた。 相手に肘で突付かれたのだ。 「やっぱりな。ったく、無理して隠しやがって」 「……わかってるなら、わざわざ突付くな」 見抜かれたのが悔しくて、恨めしげに言う。 けれど、さっき猫を捕まえ損ねた時点ですでに、マズイとは思っていた。敏感なこの幼馴染のこと、気付かない方がおかしい。 悟られまいと、出会い頭に念のため目を逸らしておいたが、どうやら無駄に終わったようだ。 「こうでもしないと、あんたは素直に言わねぇーだろーが。 どうせ、坊ちゃんには知られたくないんだろ?せっかく離してやったんだから、ギーゼラの所にでも行って、診てもらえ」 「……そうだな。ユーリから離してもらったことは、感謝する」 グレタは、見間違ってなどいなかった。もちろんそれは、ほんの一瞬でも気を抜いてしまった自分の落ち度。 だが、心優しいあの主君は、事実を知れば自分を責めるだろう。それだけは、耐えられない。 「にしても、一体どんなヘマやったんだ?珍しい」 「別に大したことじゃない」 「ほー。ま、坊ちゃん絡みなのは確実だろ?お前、ほんと溺愛しまくりだもんな〜」 「……うるさい」 からかうように言ってくる元部下に一瞥をくれてやると、そのまま独りで先に歩き出す。 本当に、どこまでもこの幼馴染には見透かされてしまって敵わない。 ニヤニヤとしながらついてくるヨザックを完全無視し、ウェラー卿はギーゼラの元へ ズンズンと歩いていく。 しかしその口元には、自身でも気付かぬうちに、ごく小さな笑みが浮かんでいた。 |
あとがき タイトル、まんまです。(苦笑) 何だかんだ言いつつも、こんな風に気付いてくれる幼馴染がいることを、コンラッドは有難く思っているのだと思います。まぁ、彼のことですから、そんなことは口が裂けてもヨザックには言わないでしょうが。(笑) 基本的に、私の書くまるマ話 では、登場人物皆仲良しだったりします。もしかしたらそのうち、腹黒次男も出てくるかもしれませんが(笑)、それでも根底ではちゃんと繋がっている……はず。 今回の話とはちょっと違いますが、言葉がなくても通じ合えるという関係は、私のツボです。(笑)マニメでもこの二人のそういうシーンが結構あったので、楽しかったです〜。 ところで冒頭で出したグレタですが、彼女は皆から何て呼ばれてるんでしょう?マニメでメイドさんたちが「姫様」と呼んでましたが、原作ではダカスコスが「グレタお嬢さん」と言ってましたし……。(今回はとりあえず、原作に合わせましたが。) |