届けばいいのに

 

 

「どうした、グレタ?」

隣の人物の動く気配に、ヴォルフラムは読んでいた本から顔を上げた。

横に並んだ椅子の上に娘はおらず、代わりに絵本が一冊載っている。視線を後方へ移せば、グレタが開いたままの窓に向かっていた。

ヴォルフラムも読書を中断して栞を挟むと、本を椅子に載せて娘の後を追う。

「何か見えたのか?」

 先に窓に着いて空を見上げていた娘に問いかければ。返ってきたのは問いだった。

「ユーリは、いつ帰ってくるのかなぁ?」

 寂しげな少女の言葉に、美少年のエメラルドグリーンの瞳も微かに翳る。

「さあな。ユーリは突然消えて、突然帰ってくるからな」

 今回もやはり同様で。五日前、何の前触れもなく、気が付けば王の姿は消えていた。

 行く先がどこかは分かっているので、心配はない。

 心配は、ないのだが……。

「寂しいなぁ……ユーリがいないと」

 自分の心中を読んだかの如き娘の呟きに、ヴォルフラムは苦笑した。

「じゃあ、叫んでみるか?」

「え?」

 少女が訊き返した時には。美少年は空に向かって声を張り上げていた。

「おい!ユーリ!グレタが寂しがってるじゃないか!早く帰ってこい、このへなちょこーっ!!」

 一つ大きく息をついて隣を見下ろせば、ぽかん、とした娘の顔。

 しかし少女はすぐに微笑み、自分も窓から身を乗り出して空に叫んだ。

「ユーリー!早く帰ってきてー!ユーリに会いたいよー!!」

 きっとこの時、近くを通りがかった者たちはさぞ驚いたことだろう。でも、構いやしない。不思議と恥ずかしさもなかった。

 叫び終えたグレタは、満足したように深呼吸をし。

 空から視線は逸らさないまま、ポツリ、と言った。

「届くかな、ユーリに」

「さあ。どうだろうな」

 答えるヴォルフラムも、視線を空から外さない。

 繋がっている空の下にいたって、遠くにいればこんな叫び声は届きはしないのに。よりによって伝えたい相手がいるのは、この空とは別の空の下。

 それでも、届けばいいのにと思った。

 この、心からの叫びが。

 “会いたい”という、素直な想いが。

 

 

 

 

 

あとがき

 最近グレタの登場が増えてきました、このサイト。(笑)

 空に叫ぶ二人を書いていると、何だか海に向かって叫ぶ人(「海のバカヤロー!」的な。笑)を思い出しちゃって、青春だなぁ……とか思ってしまいました。80代のヴォルフに青春なんて言葉を使っていいのかも謎ですけれどね。(笑)

 

 

back2