と 溶けてゆくのは 魔剣探索の折、三男閣下が隊長ときちんと“会話”をしていることにも驚かされたが。 今日の閣下の発言には、もっと驚かされた。 「……悪かった」 閣下がオレの隣に馬を並べてそう呟いたのは、禁忌の箱が開かれたあの忌々しい場からカロリアへと戻る道すがらだ。 我儘プーと称される人物の口から出たとはとても思えない台詞に、オレは間抜けにも「は?」としか返せなかった。せめて表情を読み取りたいところだが、閣下は俯くように手綱を握った自分の手を見詰めているため、それも叶わない。 「ぼくは、コンラートにも、お前にも……お前の仲間達にも、ひどい言動をとってきた」 あぁ、そのことか。理解すると同時に、やはり有り得ないと思った。少なくとも自分の知るプー閣下は、こんな発言をする人物ではなかったはずだ。 隊長が人間と魔族の混血であると知るまでは、ヴォルフラム閣下も隊長によく懐いていたという。隊長自身も、混血であることを別段隠していたわけでもなかった。だが、真実を知った閣下としては、裏切られたような気持ちになったのだろう。それ以降、隊長とろくに口を利かず、顔を合わせれば「お前は兄ではない」と言うようになったらしい。当然、そんな隊長の仲間であるオレ達にも、閣下は似たような態度をとった。 もっとも、こちらとしては当時、そんなことで一々目くじらを立ててはいなかったのだが。そんな扱いや態度には、とっくに慣れていた。いい意味でも、悪い意味でも。 「何を今更と思うかもしれない。謝ったところでただの自己満足だろうと言われれば、否定もできない。だが、言っておきたかった」 そしてもう一度、「すまなかった」と小さく呟くと、こちらの返事も待たずに閣下は馬の腹を蹴った。驚いた馬が一鳴きし、前方を行く陛下の馬を追う。 遠ざかるその背を見詰め、「へぇ」とオレも呟いた。まさか三男閣下にまで変化が現れようとは。 あの戦から二十年、色々な人物が変わってきたと思う。まるで、紅茶に入れた角砂糖が溶けるように、ゆっくりゆっくりと、それぞれの心の角がとれてきている。 一番最初の変化は、極秘任務とやらから戻ってきた隊長だ。その後も、ぎゅんぎゅん閣下は汁気が増えたが表情が明るくなったし、プー閣下も今の通り。上司であるあのフォンヴォルテール卿だって、その例に漏れない。 そんな風に、角砂糖(かれらのこころ)の角が溶けてゆくのは、誰の温もりのせいだろう? 「愚問だな」 前方で何やら言い合いを始めている陛下と三男閣下を眺めながら、オレは独り笑った。 |
あとがき 4万打御礼文の一つでした。「as far
as I know(管理人:悧子さま)」からお借りした、「ありがとう」お題のうちの一つ、「と」です。 「明日(マ)」にて、有利に「(今でも)コンラッドのことを、半分人間だからどうとか思ってる?」と訊かれ、困ったように唸っていたヴォルフラム。その時から更に男前度が急成長した、この「いつか(マ)」の辺りでは、コンラッド以外の混血の人たちに対しても、これぐらいのことは言えるようになったんじゃないかな、と。 |