「オレは あんたが本当に気に入ってたんですから」 “あんた”なんて、失礼極まりないことは分かっていたけど、それでも、こう言った。 そう言うことが、一番オレらしいと思ったから。 そして、そんなオレの失礼な発言に、「わかってるよ」とでも言うように小さく微笑んだあの人の顔を、オレは一生、忘れないだろうと思った。 Trust 双黒の魔王とその兄君、そして大賢者が去って、数日が経った。 初めこそ皆、王を失ったことへの寂しさや不安に顔を曇らせていたが、今はもう、それぞれがそれぞれの持ち場で 自分たちのすべきことを行っている。 そう。感傷に浸っている暇などない。眞魔国は、新しい時代へと向けて動き始めなければならないのだから。 そんな中、一人の諜報要員が、フォンヴォルテール卿の部屋を訪れていた。――休暇をもらうために。 「何だと?」 上官の片方の眉がピクリ、と跳ねた。だけど、オレは引かない。 「ええ。数日で構いません。しばらく、休暇をいただきたいんです」 「何をするつもりだ?」 問われてオレは、言葉に詰まる。 閣下は卓に肘をつくと、両手を自分の顔の前で組み合わせた。もちろんその間も、視線はオレから外さない。 「まさかとは思うが、ダンヒーリー・ウェラーに今回のことを報告しに行く……などというつもりではあるまいな?」 核心を突かれ、更に詰まる。 どうしてこう閣下は、他人の思考に鋭いのか。本当は可愛いものに目がない あみぐるみ閣下のクセに、と内心で毒づいてみるが、無論、今の現状が変わることはない。 「その……まさかです」 「駄目だ」 ひとが必死に言葉を絞り出した途端、上官は表情一つ変えずに却下した。 「あの男に報告などしている暇があったら仕事をしろ。丁度、お前に頼みたい仕事がある」 こう言われてしまっては、しがない一兵士のオレは、逆らうことなどできない。 閣下がダンヒーリー様を苦手としていることは知っていたが、本心から嫌っているとも思えなかった……というのが正直なところだが、オレの見解もまだまだ未熟、ということだろうか。 閣下が、組んでいた両手を下ろした。 「お前には、ルッテンベルクへ行ってもらう。ユーリも一度はあの村に行ったことがあるから、村人たちとは面識がある。魔王が去ったことで彼等が混乱などを起こしていないか、視察して来い」 「……は?」 オレは一瞬、自分の耳を疑った。 命令の意味は分からなくもないが、かと言って、今行われている国の復興よりも優先する仕事内容だとは思えない。 それより何より、あの村にはダンヒーリー様の墓がある。 もしかして……? 「行った先で“どんな視察”をするかは、“お前の自由”だ。 本来ならば、私自らが あちこちへ出向いて国の現状を見てまわるべきだろうが、国の安定のためにも次の魔王を早く決めねばならん。今日は今日で、眞王廟の壊れた外壁の様子を見に行くことになっているしな。“私の代わり”に、お前が行って来い」 照れ隠しのため……かどうかは分からないが、椅子から立ち上がり、卓の後ろにある窓から外を眺めるようにしてオレに背を向ける上官。 その背に思わず、笑みが零れた。 「了解しました。閣下の代わりに、オレがちゃーんと報告してきます」 「私はそんなこと一言も言った覚えは無いが?」 「ええ、わかってますよ?」 窓に映った、笑いながらもしっかりと頭を下げたオレの姿を閣下が見たかどうかは……分からない。 馬の背に簡単な荷物を一つだけ積み、オレはルッテンベルクに入った。そこは相変わらず、豊かとは言い難いが
暮らしていくのに困るというほどの貧困さも感じられない。 顔見知りと出くわし挨拶を交わしながら、オレは村の草原へと向かう。何人かからは「家に寄って茶でも飲んでけよ」と誘われたが、今日は断った。 草原も相変わらず、色とりどりの花や黄緑色の草が生い茂り、喉かな雰囲気を醸し出していた。草が撓(しな)る度に、風の通り道が判る。 以前、上王陛下とその三兄弟、そして今はいない魔王陛下と此処へ来たことを思い出しながら、草原を通り過ぎ、その先にある丘へと登った。 その頂には一本の巨木があり、太い幹の根元の窪みに、彼の人の墓はある。 「お久しぶりです、ダンヒーリー様」 小さく積まれた石に向かって、呟く。 「本当は、グウェンダル閣下も来たかったようですが、お忙しい方なので、オレが来ました」 語りかけたところで、その石は何も答えてはくれない。 当たり前だと思いつつも、やはり少し寂しい。 こんな時だからこそ、あなたの力強い言葉が聞きたいのに。 「覚えていますか?以前此処に来た、双黒の魔王陛下のこと」 『え!?此処にコンラッドの親父さんのお墓があるのか? そういうことは早く教えろよ〜。だったらおれもお参りしなくちゃ』 食べかけの弁当の食事を皿に置き、彼は立ち上がった。 『「墓」と言える程 ちゃんとしたものじゃありませんよ?』 苦笑しながらそう言う隊長の言葉にも、そんなの関係ないと断言し、彼はこの樹の前で手を合わせていた。寂しい簡素なこの墓に、驚いた様子を少しも見せずに。 無論それが、あの魔王陛下の仁君たる所以なのだが。 「あの方は、この眞魔国を去って、チキュウという所へお還りになっちまいました」 “魔族も人もわかり合える、争うことのない国”。 あなたがかつて望み、そして諦めながらもオレたちも望んでいたその国を本気で目指したあの王は、もういなくなってしまった。 けれど。 「でも……この国は、もう大丈夫だと思います」 あの魔王陛下が遺していった、数々の想い。それは、臣下にも国民にも、おまけに少し前までは敵対していた人間たちにまで、しっかりと広がり、根付いている。 魔族も人間も、関係ないと。 争うよりもまず先に、するべきことがあると。 今頃、彼や猊下たちは何をしているのだろう。 ふと、そんな思いが過ぎり、上空を見上げた。心地よい風が、枝を揺らし、オレの髪も揺らす。葉の隙間からは、太陽の光が次々と角度を変化させながら降り注いでくる。 この遠い空の下で、彼等は何を……――。 「!?」 突然のことに、オレは目を見開いた。 背中に走った、何とも言えない感覚。普段感じ慣れている、敵意や殺気などとのそれとは違う。 その感覚に導かれるまま振り向けば、視線の先に遠くあるは、眞王廟。そこから流れてくる、暖かい何か。 信じられない。だけど。 「陛下……猊下……」 気が付くと、オレは既に馬を引き寄せその背に跨っていた。 慌てて巨木の墓に振り向くと、頭を下げる。 「すみません!また来ます!」 無礼なのは重々承知だが、馬から降りる暇さえ惜しかった。 彼等が還ってきた。そんな確かな証拠など、ありはしない。 けれど、何故だか確信があった。 オレは、力一杯 馬の腹を蹴る。少しでも早く帰りたい。 そこにはきっと、彼等がいる。 『ヨザック!ただいま!!』 陛下は眩しいほどの笑顔を、 『あ〜あ、そんなに急いじゃって。駄目だろ?馬を乗りつぶしちゃ』 猊下は ちょっと困ったような笑顔を浮かべて。 そう――いつものように。 |
あとがき 一人称に挑戦、パート2。(笑) 日記でも書きましたが、再放送された「いのちの証」で、最終回でヨザックが見上げていた樹がダンヒーリー様のお墓だと(管理人の中で)判明したので、こんな話を書いてみました。 どうも私は有利の方に偏ってしまうので、ムラケン君にはいつも申し訳ない……。でも、最終回でお別れするシーンでも、ムラケン君に言葉をかけたのはウルリーケだけでしたよね。私は、ヨザックは一言ぐらい言うかと思ったんですが……うむむ。 でもきっと、あれだけ二人で暗躍(笑)してましたから、ヨザックはムラケンのことも気に入っていたと思います。猊下のことは最後ぐらいしか触れられなかったけど……ごめんよ、ムラケン!! |