バサ-RESERVoir CHRoNiCLE-」の『

み木遊び

 

 

「これ、何だと思う?」

「……積み木」

 相手にチラリと一瞥だけを送って答え、黒鋼は杯を仰いだ。

 かつてはこれが当たり前だったはずなのに、グラスという物の存在を知った今となっては、ちびちびとしか酒を飲めないこの杯は、少々黒鋼には物足りない。いっそ徳利に直接口をつけてしまおうか。この場にいるのは魔術師のみ、口うるさい天帝や蘇摩もいない。

 つらつらとそんなことを考えていると、簡素な返答を返された魔術師が、わざとらしく溜息をついて肩を竦めた。

「あぁ、そっか。君には丁寧に訊いてあげないと、言葉が理解できないのか。『積み木で何を作ったと思いますか?』」

「『考える気がねぇ』って遠まわしに言っただ、気づけそれぐらい」

「『それでも考えてみろ』って遠まわしに言ってるんだ、気づきなよそれくらい」

「……」

 前言撤回。むしろこの魔術師の方が厄介だ。内心だけで舌打ちをこぼす。

 

 このところ……というより、母国である此処「日本国」に戻ってからというもの、どうにもこの魔術師にあしらわれることが多くなった気がする。年の功とでもいうのか、余裕が感じられるようになった。

 まったく、こんな本性を隠していたとは。それが悪いとは言わないが、どうにも調子が狂う。

 

 今も魔術師は、余裕の笑みを浮かべて黒鋼を見詰めてくる。

「オレの勝ち?」

「知るか。そもそも勝負した覚えもねぇ」

 何となく悔しくて吐き捨てるように言えば、クスクスと笑いを返された。

 付き合っていられないと、黒鋼は目の前の酒に意識を向ける。杯に注げばあっという間にそれは一杯になり、口へ運べばやはりあっという間になくなる。物足りない。徳利を掴んでいた義手がギシリと鳴った。

「ねえ。この積み木って、子どもの玩具なんだよね?」

 飽きずに積み木の話題から離れない魔術師が、自身の積み上げたそれを眺めながら呟く。

 黒鋼はさっきの当て付けとばかりに、口の片端だけを持ち上げてやった。

「あぁそうだ。お前は楽しく遊べてるみてぇだが

「玩具にしては結構深いよね、これ」

 せっかくの皮肉を、華麗にスルーされる。どころか、含みのある言葉が返ってきた。

 思わず黒鋼の眉間にも疑問の皺が寄る。

「どういう意味だ?」

「例えば……」

 使わずに余った積み木を自身の目の高さまで摘みあげながら、魔術師が呟く。

「積み木で何かを作ったとするだろう?一生懸命作ったそれは、やはり壊さずに取っておきたいと思う。でも、新しいものを作りたいなら、作ったその作品は一旦壊さなければならない。さて、どちらを取るか?」

 言いながら、魔術師は手にしていた積み木を黒鋼に向かって放り投げてきた。素早く右手の杯を畳に置き、空けたその手で掴む。その様を見届けて、魔術師が満足そうに笑った。

「ね?深くない?」

「……お前は、どっちを選ぶだ?」

 その顔に積み木を放り返してやれば、黒鋼と違い元々空いていた白い手が、難なくそれをキャッチする。

 うーん、と短く魔術師が唸った。

「そうだねぇ。昔のオレだったら、壊さずに眺めてたかもしれないけど

 掴んだ積み木で、魔術師が自身の積み上げた作品を軽く突く。あっという間にそれはバランスを崩し、積み木が音を立ててそこら中に散らばった。

「……今は、壊して新しいものを作るかな」

「そうか」

 なんとなく、黒鋼は今の答えに納得できる気がした。

 この魔術師自体も、きっと同じなのだ。これまで築き上げてきたヘラヘラとした表情や性格が崩れるのが怖くて。けれど、ここにきてようやく、自ら崩す勇気が出た。

 新しい自分になるために。そして、砂漠の姫や真っ直ぐな少年の未来を少しでも明るいものにするために。

 

「ちったぁ前向きになったって?」

「ん?何か言った?」

 呟いた黒鋼を、畳に散ったままの積み木を眺めていた顔が見上げてくる。

 けれど黒鋼は別の言葉を続けた。

「なぁ。さっきお前が何作ってたか、当ててやろうか?」

 いつの間にか、徳利の酒は底をついてしまった。ならば、この魔術師の気まぐれに付き合ってやらなくもない。

 黒鋼は向かい合う相手の顔を指差し、ニヤリと笑った。

「過去のお前」

 瞬間、片方だけ覗く金の瞳が小さく瞠目する。

 けれど、すぐにその顔はここ最近で見慣れた呆れ含みの笑いを浮かべ、憎らしいほど大げさに肩を竦めてみせた。

 

「ほんと、相変わらず面白いこと考えるね、君って」

 

 

 

 

 

あとがき

 5万打御礼小話でした。「蒼灰十字(管理人:ソウ様)」からお借りした、「懐古的選択お題」の「」です。

 へにゃへにゃモード(?)じゃないファイさんをきちんと書いたのは、今回の話が初めてです。(これを書いた後に発売された26巻を拝読してみると、もうちょっとファイさんは緩めでもよかったかなぁ…と思ったりもしましたが。)

 この話を書く上で、一番疑問だったこと。……日本国に「積み木」はあるのか?(苦笑)でもそんなことを言っていたらこの話が全く書けないので、その点には眼を瞑らせていただきました。すみません!……皆さんも目を瞑っていただけると幸いです。(←をい。)

 

 

 

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