※これは、151話を拝読する前に書いた話です。そのため、本編とのズレを感じることがあるやもしれません。 それでもいい、あるいは151話を未読の方は、どうぞ。 Unnatural or
Artificial 黒鋼は、壁に寄りかかって座したまま、窓の外を睨んでいた。もう日付も変わったらしいこの国は、深夜の割には明るい。 元いた国では、月と松明の炎ぐらいが夜の光源だったが、この阪神共和国とやらには、光を放つ妙な物が建物のあちこちに取り付けられていた。この分なら、深夜でも松明なしで充分歩き回れるだろう。もっとも、黒鋼は生業柄、夜目の利く性質ではあったが。 「横にならないのー?」 間延びした声に、視線を窓から外す。向かいの壁側に布団を敷いた男が、脱力さえ感じさせるへにゃんとした笑みでこちらを見ていた。 未知の土地で、得体が知れない奴と同室になる。おまけに傍には得物も無い。この上なく嫌な状況だ。 「忍者が見知らぬ国で暢気に横になんかなれるか。座って寝るので充分だ」 「へー、君はニンジャってやつをやってたんだー」 「!?」 しまった、と内心舌打ちする。まだ信用していいかも分からない相手に、自分の素性を漏らしてしまうとは。 けれど、黒鋼のその動揺を知ってか知らずか、相手はそれ以上 忍についても黒鋼の素性についても踏み込んではこなかった。徐に布団から立ち上がり、窓の方へと歩み寄る。 街のあちこちに付けられた明かりのせいで、本来ならば存在を主張しているはずの月光が霞んでいる。その代わりというわけではないだろうが、窓辺に立った男の金の髪は淡い光を放った。 髪の色も、瞳の色も、祖国では見たことのないもの。けれど向こうにしてみれば、こちらの髪と目の色の方が特殊に見えているのかもしれなかった。 互いの祖国が、互いにとっては異国。 そしてこの国は、互いにとって、異国。 「見知らぬ国って言っても、さっき空ちゃんから説明聞いたでしょー?割と安全そうだったけどー?夜もほら、こーんなに明るいし」 「あんな話が説明になるかっ」 「まぁ、君は説明の途中で寝てたしねー」 「っ!」 悔しいが、言い返せない。 窓辺に立ったまま、からかうように振り返ってくるその顔を睨みつけるが、どうにもこの相手には通用しないらしい。怖がる様子が欠片もない。普通の者なら、自分の一瞥だけで皆、縮こまるというのに。 「でもさー、これからの旅を思えば、そんなこと言ってられないんじゃない?どこに行っても、知らない国だと思うよー」 「俺はそんなに長く旅なんざするつもりはねぇ。さっさと日本国に戻る」 「あー、はいはい。そうでしたねー」 いかにも聞いていないという相槌で、男は布団へと戻ってくる。元いた国に戻りたくないという、自分とは真逆の願いを口にしたこの男にしてみれば、きっとどうでもいいことなのだろう。 布団の上に乗ると、再びだらしなくしゃがみ込んだ。 「でもさ、とりあえずはオレたちも身体を休めた方がいいと思うよー?明日からこの国で、あの眠ってる女の子の羽根を探さなきゃだし」 やけに生真面目な少年が抱えていた少女の様子を思い出す。起きる気配もなければ、顔色も悪かった。 あの少年の国の姫だとか何とか言っていたが、自分の仕えていた姫とはだいぶ雰囲気も違う気がする。もっともそれは、記憶とやらが無くなっているせいかもしれないが。 とにもかくにも、その記憶の羽根が見つからなければ、別の世界へ移動はできない。 「とっとと見つかりゃいいが、頼りが あの得体が知れねぇ白いまんじゅうじゃなぁ……」 別室であの少年と眠っているであろう、妙に騒がしい白い生物を思い出し顔を歪めると。正面に座る男が小さく笑う気配がした。 無駄だと知りつつも、つい癖で睨みつける。 「何がおかしい」 「いやー?何だかんだ言って、結局は羽根探しを手伝ってあげるんだなーと思って」 「けっ。あの白いのが移動しねぇんなら、仕方ねぇーだろうが」 「まぁね。でも、実は理由はそれだけじゃなかったりしてー?」 意味ありげな物言いに、自身の眉間に寄った皺の数が更に増えたのを自覚した。 どうにもこの男との会話はやりづらい。 「ああ?何が言いたい」 「君、ほんとはあの子……小狼君のこと、ちょっと認めたんじゃない?君が、自分は関係ないから手伝ったりもしないーって言った時の、あの子の反応で」 「!?」 かろうじて声は出さなかったが、気配は伝わってしまったのだろう。その証拠に、目の前の男はしたり顔で笑う。 「あの時の君、なかなかいい顔してたよー?」 「うるせぇ!てめえ、ちっとはその口 閉じやがれ!」 「えー、こっちから話さないと君が何にも喋ってくれないからでしょー?……まぁ、」 不満そうに口を尖らせた相手はしかし。ふっ、と突然、その表情から明るさを消した。 「オレとしては、そっちの方が有り難いけど」 「……?」 ピン、と僅かに黒鋼の片眉が跳ね上がる。何かある、直感的にそう感じた。けれど相手は、それが何かを考えさせる隙をこちらに与えない。 金髪蒼眼の男は、すぐさま表情と声のトーンを元に戻した。 「で、結局何が言いたいのかというとー。君は案外、見かけによらず優しいのかもねーって話」 「ああっ!?」 別の意味で、黒鋼の眉間に再び皺が刻まれる。 人のことをからかったかと思えば、今度は褒め言葉ときた。しかも、そうそう言われたことのない「優しい」などという言葉。一瞬のうちに、黒鋼の全身に鳥肌が立った。 「てめぇ、何わけのわかんねぇ気持ち悪ぃことほざいてやがる!?」 「わけわかんなくないよー。本当にそう思ったんだもん。オレ、結構人を見る目はあるつもりー」 「けっ。だったらその目は、相当あてにならねぇーな。優しい奴が、自分には関係ねぇから手伝わねぇなんて言うか?」 「うーん。そりゃあ、快く手伝ってあげる人と比べればそうかもしれないけど……」 へにゃへにゃと笑い、細められっぱなしだったその目が、僅かに開き。 そこから覗いた大海を思わせる蒼が、黒鋼の瞳を真っ直ぐに射抜いた。 「少なくともオレよりは、君の方が優しいよ」 「あ?」 相手の言わんとすることが判らず、訊き返す。やっぱりこの男との会話はやりづらい。 「てめぇはあのガキに手伝うとか何とか言ってたじゃねーか」 「“命に関わらない程度のことなら”、ね。それって裏を返せば、命に関わるような事態になったら手伝わないってことでしょー?」 言って、相手は僅かに口角を上げた。それは、さっきまでのふざけた笑みとは違う。 明らかなる、自嘲。 「それって、ひどく中途半端だよねー。だったら君みたいに、最初から“自分には関係ない”って何も関わらない方が、相手に変な期待を持たせない分、ずっと優しいような気がする」 「……」 絶対にこの男には何かある。黒鋼は今度こそ確信した。 馬鹿みたいにへらへらとした顔と口調を装っているが、その実、冷静に物事を見、判断している。そして何より、そのふざけた態度の中に、暗く重い何かを秘めている男だ。今語られたばかりの“優しさ”に対する捉え方も、それを物語っている。 無論、そんなもの自分には関係ない。あの少年の時の同じく、自分はこの男の事情にも深入りするつもりなど毛頭無い。 だが。 ――目は離せねぇな。 自分の内を見透かされるのは厄介であるし、抱え込んだ何かのためにこの男が崩れた時に、自分の足を引っ張られるのも御免だ。 睨み付けるかのように見やる相手の顔は、既に気に食わないへらへら面へと戻っていた。 「あっれれー?ついに だんまり?まぁいっか。そろそろほんとに寝ないと、明日がきついしねー。じゃ、おやすみー」 ひらひら、と手を振ると、男は一方的に捲くし立てて話を切り。わざとのように、こちらに背を向けて布団に寝転んだ。 しばらく無言でその背を見詰めていた黒鋼は、ゆるりとそこから視線を外し。もう一度窓の外を一瞥した。 街は、夜には不自然なほどに、変わらず明るい。そしてこの部屋の中にも、不自然な明るさを放つ存在が、一つ。 小さく息を吐くと、黒鋼はゆっくりと双眸を閉じた。 それは、初めての、異国での夜。 |
あとがき 危うく話にモコナを出しそうになりました。(←モコナは小狼君と寝ているのです。)1巻を読み返してよかった…!(苦笑) 「目が離せねぇな」と思った黒鋼さん。文中で理由をウダウダ連ねていますが、多分それらは単なる建前(あるいは自覚がないだけ)で、本音は、そういう暗い何かを抱えた人を放っておけない、という感じだと思います。今更言うまでもなく、黒鋼さんは根が優しい方ですから。(笑)そしてこれからの旅で、また優しさや強さに磨きがかかるのですよね。 |