私でない私

 

 

また仕事をしながらの年越しだった。

 

 

「年末年始ぐらい、みんな家で大人しくしてなさいよ……」

ハンドルの上に両腕と顎をあずけながら、無駄だと知りつつも佐藤は呟く。

こんな時ぐらい、犯罪者も休めばいいのに。……まぁ実際、本当に年末年始に事件が何も起こらなかったとしても、未解決事件の捜査があるため警察が休みになることなど有り得ないのだが。

 

「お待たせしました」

助手席のドアが開く音で、佐藤は我に返る。後輩刑事が白い息を吐きながらアンフィニに乗り込んできた。

「お疲れ、高木君。大丈夫?」

「ええ、僕自身は。張り込みの方は進展なしですけど」

 苦笑する高木に佐藤も苦笑のみを返しつつ、車のエンジンをかける。そう簡単に被疑者は動いてくれない、元来張り込みとはそういうものだ。

 

 今回佐藤と高木はコンビを組んでいないが、高木の張り込みの交代時間と、佐藤が別件で近くを通りかかる時間が同じ頃だったため、彼女が拾うことに話がまとまった。勿論、高木が後から他の刑事たちに怨みや羨望の目で見られたのは言うまでもないが。

 

 住宅街の中を、赤のアンフィニがゆっくりと走り出す。

「待ってる場所、あそこでよかった?一応距離はとったつもりだけど」

「はい、充分です。あの場所なら被疑者にも気付かれないかと」

 住宅街を抜けると、大通りに出る。周囲を歩く人々は、寒いためか皆足早だ。

 高木が窓の外を見ながら呟く。

「だいぶ人も減りましたねー」

「そうね、もう四日だし。仕事が再開したところも多いんじゃない?」

 自分たちは職業柄、盆も正月もあったものではないが、世間は新年を迎えたばかり。特に大晦日と元旦は、人の行き来が多かった。

「うわー、神社もかなり人が少ないですよ」

 高木の言葉に、佐藤もチラ、と窓の外に視線を向ける。

 通りがかったのは、とある神社の前。普段の人出と比べればやはり多いものの、元旦の人の群れが嘘のような人数だ。

「ねぇ高木君、張り込みで疲れてる?」

「え?」

「今すぐ布団に入って寝たいー、って感じ?」

「いえ、そこまではまだ……」

 後輩が首を振るのを確認して、佐藤はキュッと口角を上げた。

「じゃあ、ちょっと神社で勝負しない?」

「は?」

 

 

「勝負って……」

 隣で呟く高木を余所に、佐藤はチャリン、と自分の分の硬貨を支払った。

「おみくじですか」

「そう。だって捜査ばっかりで、全然お正月らしいことしてないのよ?おみくじぐらい引いたって罰当たらないでしょ」

 つまり、どちらがよりいい運勢を引き当てられるか、という勝負。

 高木もお代を払い、それぞれが一枚ずつみくじを引く。そして。

「いーい?せーの……」

 ばん、と同時に開いた瞬間。二人の表情は見事に明暗くっきりと分かれた。

「やった!大吉よ!高木君は?」

 振り返った佐藤は小首を傾げる。高木がうなだれていたからだ。

「どうしたのよ?悪かったの?」

 訊けば、相手が無言で くじをこちらに示した。

 その運勢は。

「嘘っ、凶!?」

 ここまで極端に差が出るのも珍しい。神社側も、新年のみくじに凶を混ぜたりするものなのだろうか。

「……ま、まぁ、凶なんてそうそう当たらないわよね。数も少なそうだし。ある意味それを引き当てるなんて凄いわよ」

「佐藤さん、それ全然フォローになってません……」

 下がり気味の肩をポン、と叩いてやるが、相手は益々落ち込むばかり。

 しばらく考えるように唸った佐藤は。

「しょうがないわねー……」

 高木の腕を掴み、グイッとこちらに引き寄せる。

 弾かれるように顔を上げた男に、佐藤はニッと笑った。

「そんなに嫌なら、今年は私と一緒にいなさい。私の大吉級の幸運を分けてあげるから」

 一瞬、目をまん丸に見開いた高木は。次の瞬間には心底嬉しそうに笑った。

「はい。有難うございます」

 やっぱり優しいですね、と続いたそれには、さすがに恥ずかしすぎて反応が返せなかったけれど。

 それでも今年は、何だかいい年になるような気がした。

 

 

 

 一緒にいて幸運を分けてあげる、だなんて。

 ほんと、こんな乙女みたいな台詞を言っている自分は、自分じゃないと思う。

 でも、そんな自分も―――嫌いじゃない。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 恋をすれば変わるものです、きっと。(笑)

 それにしても、私が書くと、どうにも高木刑事がヘナヘナ傾向になります。佐藤さんは……男前ときどき乙女?(←天気予報かい。笑)

 

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