「ワンピース」の『わ』 笑えばみんなが笑ってた “泣く子も黙る”なんて謳い文句は海賊によくあるけれど、“泣く子も笑わす”なんて謳い文句を掲げた私たちは、相当珍しかっただろう。私には五十年というブランクがあるけれど、きっと今の時代にだって、そんな海賊団は少ないはずだ。 音楽好きの集まり。それが、ルンバー海賊団。船長の「ヨーキ」という名に相応しく、集まった仲間達も、辛くても苦しくても、それを乗り越えた後は陽気に笑える力を持っていて。いつでも音楽と笑顔の絶えない船だった。 だから余計、船にたった独りとなった時、無音の恐ろしさが際立った。自分が動かなければ、何も音がしない。眠るためにじっと横になることさえ怖くなった。 独り言が増え、意味もなく動き回った。かつて仲間達が笑ってくれたギャグを言ったりやってみたりしては、独りで笑い。たまの食事も独りでは味気なく、わざと音を立てて汚く食べ、食べカスだらけとなった自分を鏡に映してまた笑った。影を奪われてからは鏡にさえ映らなくなったので、今度はゲップやおならをして、そんな自分を笑った。 何としてでも、この船から笑い声を絶えさせてはならないと思った。思い出すのはいつだって、笑っている皆の顔で。誰かが笑えば、自分もつられて笑う。自分が笑えば、皆も一緒になって笑ってくれる。それが、ルンバー海賊団だから。 もう二度と、あんな風に誰かと笑いあうことは無いとしても、それでも。いや、だからこそ。例え無理やりでも笑っていようと。 そう、思っていた。 「それでは改めまして。“音楽家”ブルックが新しく仲間に加わったことを祝して!」 「乾杯〜!!」 ガシャーン!と間近で弾けた音が、振動となって一瞬で私の全身を駆け抜けた。それもそのはず、ルフィさん達がドリンクの入った樽製のジョッキを、私の骨の顔面に直にぶつけてきたのだ。私は「お世話になります!」の一言を言うだけで精一杯。波打ったドリンクが、横からも頭上からも降りかかり、あっという間に私は液体まみれでベタベタになる。 それでもちっとも嫌な気はしない。それどころか、次々に「ブルック、乾杯―!」「よろしくなー、ブルック!」とぶつかってくるジョッキと笑顔の嵐に、心が浮き立つ。こんな幸せな歓迎、夢にだって見たことはない。 今の自分に、筋肉や皮が無いことを心底よかったと思った。骸骨でなかったらきっと、幸せ過ぎて、この上なく緩みきっただらしない顔を皆に曝していただろうから。 なのに、周囲を見れば皆が皆、私の顔を見てそれぞれの表情で笑っている。まるで、骸骨で無表情の私が笑っていることなどお見通しのように。 だから私は、自分が笑っているのだと更に皆に伝わるように、声を上げて「ヨホホ!」と笑った。 私の笑い声に返ってくるのは、あの暗く寂しい沈黙ではなく、陽気で明るい八つの笑い声。 ルンバー海賊団のような大人数ではないけれど、どの顔も確かに笑っていて。それは、久しぶりに見た燦々と照る太陽も翳むぐらいに眩しかった。 |
あとがき 5万打御礼小話でした。「蒼灰十字(管理人:ソウ様)」からお借りした、「懐古的選択お題」の「わ」です。 王国の護衛戦団・団長が、食べ方が汚かったり、ゲップやおならをするのはどうなんだろう…と思い。だったら海賊になってから身に付いた癖かなぁ…とか。 鏡の件も、影を取られたブルックは自分が鏡に映らないことを知っていましたから、骸骨になってからも鏡を全く見なかったわけではないんだなぁ…とか。そんなことを色々と考えていた結果、こんな話に。 麦わらクルーの宴のシーンは、賑やかでどれも本当に大好きです! |