Wariness 「おはようございます」 よく晴れた朝にピッタリの明るい声が響き、ファイはオムレツ作製中のフライパンから視線を上げた。 「あ、おはよー。サクラちゃん」 「サクラおはよー!」 「おう」 続く白き魔法生物と黒き忍の声にも律儀に会釈を返した少女は、キョロキョロとしながら食卓のイスに着く。その行動の意味が何となく想像できたが、ファイはとりあえず、出来上がった食事を彼女に運ぶことを優先した。 「はい、朝ごはんどうぞー」 「有難うございます。……あの、小狼君は?」 「うーん、今日はまだなんだよねー」 「小僧が寝坊するなんざ、珍しいな」 食べられる時に食べておく主義の男が、すっかり空になった皿をこちらに差し出しながら言う。 「まぁ、慣れない機械いじりが続いてたからねぇ。……はい、お粗末さまでしたー。 ずーっと図面とにらめっこでしょ?それでなくとも、このところハードだったし。ちょっと、疲れが出てるのかも」 この国、「ピッフル国(ワールド)」は、箱が空を飛んだり地面を走ったりという、何とも不思議な所だった。 その空飛ぶ箱の一つ、「ドラゴンフライ」と呼ばれる乗り物のレースで優勝すれば、サクラの羽根が手に入ると分かり。今は四人で優勝目指して、ドラゴンフライを鋭意作製中だ。 「小狼、頑張りやさんだもんね〜」 満腹になったのか、幸せそうにお腹を擦りながらモコナが言う。その空いた皿も回収しながら、ファイは苦笑した。 「そうだねー。もうちょっと、気の抜き方も覚えられたらいいんだけどね」 「おまえみたいに気を抜きすぎなのもどうかと思うけどな」 「黒ぷー厳しい!せめてリラックスが上手って言って!」 向けられる意地の悪い笑みに抗議すれば、可笑しかったのか、サクラが笑いながらジャムの瓶に手を伸ばす。それを見越して先に取った黒鋼が、彼女に手渡しながら唐突に提案した。 「姫、それ食い終わったらパーツの買出しに行くぞ」 「え?構いませんけど……。黒鋼さん、何か買うものがあるんですか?確かもう全部揃ってるはずじゃ……」 「ああ、俺はな。だが姫は何かあるんだろうが」 「っ!?」 目を見開いたサクラは余程驚いたらしく。渡された瓶を取り落としそうになった。 「どっ、どうしてそうだと」 「昨日、このヘライのと小僧がパーツの買出しに出た後、『しまった』って顔してたろ。何か頼み忘れてたんじゃねぇのか?」 ほぼ完成に近付きつつあるドラゴンフライは、昨日の時点でもう 必要なパーツは全て揃えてしまおうということになり。 小狼とファイが代表で、それぞれに残りの必要なパーツを聞いて、まとめて買ってきたのだ。 「そうなの?サクラちゃん」 少女の顔を覗き込めば、困ったような歯切れの悪い応えが返ってくる。 「……ええ、まぁ。でっ、でも!そのパーツは別に、絶対なくちゃ困るという物ではありませんし」 「だが、あって困る物でもねぇだろ?」 「……」 間髪入れずに返ってくる尤(もっと)もな言に、ますます困ったようにサクラが黙り込んだ。まだ僅かに寝癖の残るその茶色の頭に、黒き忍の手がポン、と載せられる。 「俺も早くこの国の乗り物の操作に慣れたいからな。手慣らしついでに乗せていってやるだけだ」 「黒鋼さん……」 申し訳なさそうにしていた少女の顔に、微かに明るさが戻ったのを見て。魔術師は更に元の空気に戻そうと、殊更明るい声を出した。 「うわー、黒様ってば、サクラちゃんとデート?後で小狼君から怨まれるよー」 「ああ?『でーと』?何だそりゃ?分かるか、姫」 「あっ……いえ、その……」 僅かに赤くなったサクラを知ってか知らずか、真っ白な生物がピョーン!と飛び跳ねて注釈を入れる。 「モコナ知ってるー!デートはね、二人で仲良くラブラブでおでかけすることなの〜」 「そうなのー。わかった?黒りん」 「わかるかっ!誰がデートだ、誰が!?」 吠える男を完全無視して、ファイはサクラに笑いかけた。 「よかったねー、サクラちゃん。あの四角い乗り物だったら移動も速いし、番犬にぴったりのボディーガードも付いてくれるから、安心だね」 「番犬は余計だ、番犬はっ!!」 ガーッと怒鳴った黒鋼は、「胸くそ悪ぃ!」と大音を立てて席を立つ。 「黒鋼、どこ行くの〜?」 「乗る前にあの走る箱の点検するんだよ!何か文句あっか!?」 吠えるように言った男は、肩をいからせズカズカと外へ出て行った。吠えられた方も、ちっとも気にしない風で「モコナも点検―!」と、その男の後についていく。 その場には、少女と魔術師だけが残された。 「本当にいいんでしょうか……買うのはわたしの物だけなのに……」 閉まった扉を見ながら、サクラが呟くように言う。未だ気になるようだ。 「いいと思うよー?他でもない本人が、ああ言ってるんだから」 手にした皿を向かいの流し台へ運びながら、安心させるように少女に微笑みかける。 蛇口をひねり、スポンジを濡らした。 「パーツがあって、より安全性やスピードが上がれば、それだけ羽根を手に入れられる可能性も高くなるしねー」 「でも、それを買うお金だって、お二人が夜魔ノ国で貰ったものですし……」 「えぇ?」 サクラの意外な言葉に、スポンジを泡立てていた手が思わず止まる。 「そんなことも気にしてたのー?別に構わないのに。 ……でも、そうだなぁ。もしどうしてもっていうなら、その気持ちをそのまま伝えればいいんじゃないかなぁ? ただし、」 手にしていたものを一旦脇に置くと、ファイは肘をついて、向かいに座る少女の方に身を乗り出した。 少しでも、彼女と目の高さが合うように。 「『ごめんなさい』よりは、『ありがとう』の方が、黒たんは喜ぶと思うけどね」 自分の為に報奨金を使ってしまって「ごめんなさい」ではなく、 報奨金のおかげでパーツを買うことができる、だから「ありがとう」、の方が。 「……はい!」 力強く頷いたサクラに、ファイも満足そうに笑った。 再びスポンジを手に取り、二人分の皿を洗い始めると。キュッキュッと皿が立てる音に混じって、少女の改まった声がする。 「……びっくりしました」 「んん?何がー?」 今度は視線だけを投げれば、彼女はようやくジャムを塗ったパンを一口齧ったところだった。 「昨日パーツを頼み忘れたって思った時のこと、黒鋼さんが気付いていたなんて思いませんでした」 ほんの少し、魔術師の動きが止まる。 「黒鋼さんって、ぶっきらぼうですけど、実はとても優しい方だなっていうのは、以前から思っていたんです。でも、見ていないようで見て下さっている方でもあるんですね」 「……そうなんだよねー」 気が付けば、独り言のように呟いていて。サクラが少し驚いたようにこちらを見上げてきた。 「ファイさんは、気付いていらしたんですか?」 「うん?まぁ、オレも最近気付いたんだけどねー」 慌てて、誤魔化すように笑う。 嘘だった。本当は、もっと前から気付いている。 ぶっきらぼうで、怒鳴ってばかりで、二言目には「面倒くせぇ」の彼だが。 本当は、彼の方がこの旅のメンバーのことを気にかけている。きっと、自分なんかよりもずっと。 見ていないようで見ている、根は優しい男(ひと)。 けれど、だからこそ……――。 「やっぱり、忍者さんだからでしょうか?」 少女の純粋で単純な感想の声に、沈みかけていた意識が現実に引き戻される。 助かったと思いつつ、ファイはサクラに笑みを向けた。 「そうだねー。でも、悪いことしてお姫様に叱られて異界に飛ばされた、悪い子の忍者さんみたいだけどねー」 「えっ、そ、そんな、ファイさん!」 そんなことを言ったら黒鋼に悪い、と慌てるサクラに「いいの、いいの」と笑いながら、魔術師は少女に朝食を食べるよう促した。 彼は、見ていないようで見ている、根は優しい男(ひと)。 けれど、だからこそ、気をつけなければならない。 『「阿修羅」の名が出た時、顔色を変えたな。何故だ?』 あの男はもしかしたら、腕っ節の必要な戦いだけでなく、心理戦までこなせるのかもしれない。 自分が必死で抱え、隠しているものを、あっさりと見抜いてくるのかもしれない。 彼は、不器用で、鋭くて、本当は温かくて―――油断ならない男(ひと)。 |
あとがき 8巻57話のネタも少々拝借しつつ書いたこの話、実はただ単に管理人が黒鋼さんを褒め称えたかっただけだったりして。(苦笑)最近の黒鋼さん(←「インフィニティ」辺りです。)は特に、気苦労が絶えない気がします。頑張って〜、黒鋼さ〜ん!!(泣) 黒鋼さんのさり気無い優しさや気遣いが大好きな管理人でした。 |