優しさ=残酷 途切れ途切れに聞こえる自分の呼吸音が煩わしい。 このままこうして床に座り込んでいるわけにはいかないと分かっているのに、身体は少しもいうことをきいてくれない。 無意識のうちに手が拳をつくって握り締めてしまうので、サンジは必死に己のスーツを掴んでいた。自分の爪で大事な手を傷つけるわけにはいかない。そんな料理人としての理性を保つのがギリギリだった。スーツが皺になろうと、知ったことではない。 幸いにも今、船番をしているのは自分とチョッパーだけだ。他のクルーは皆、島へと降り立っている。今のうちにチョッパーに診てもらえば、もしかしたらこの突然の体調不良も、他のクルーには知られずに済むかもしれない。そう思うのに、キッチンから出ることも、ましてや甲板にいるはずのチョッパーを大声で呼ぶことも、出来ない。それほどにきつい。 このままこうしてキッチンの壁に凭れかかって、チョッパーがやってくるのをただ待つしか……――。 サンジの思考は、そこで途切れた。気を失ったわけではない。むしろ、ぼんやりとしていた思考が急激に覚醒した。そして、一気に冷める。 扉を開けたまま目を見開いて突っ立っている男に、サンジは無理やり片頬を上げてやった。 「……『見て見ぬふり』って言葉、その天然芝生の頭にゃ入ってねェか。残念だ」 そもそも、何でこの男がメリー号に戻ってきているのか。「迷子になる前に早々と船に帰る」なんて殊勝な知恵でも身に付けたのだろうか。いや、この剣士に限ってそれはないか。 平静を保つために、どうでもいいことを次々に考える。 目を見開いたままのゾロが、一歩部屋に踏み込んだ。 「お前、かお」 「『顔色悪い』とか言ってみろ、三枚にオロして海に捨てるぞ」 「……」 黙る代わりに、ゾロがこれでもかと顔を顰めた。 けれど、サンジはそんなこと気にもとめない。それよりももっと、重要なことがある。 「てめぇに気遣われるぐらいなら、このままくたばった方がマシなんだよ」 ゾロに心配されるなんてそんなこと、サンジのプライドが許さなかった。 この男とは、並べる場所にいたい。対等だからこそ、胸を張っていがみ合える、文句を言い合える。寄りかかるのも、寄りかかられるのも、サンジのプライドに反するのだ。 コイツなら何があっても大丈夫だと思える相手なら、誰も心配なんてしないだろう? その原因が例え、誰かとの“戦闘”でボロボロになったわけではなく、今のような、人の力じゃ抗いようがない“体調不良”であったとしても。 ゾロに「心配」されるなんてこと、絶対に御免だ。 もう視線を上げているのも億劫で、サンジは俯いた。 相手は何も言わない。動きもしない。こちらを見詰めているのだろうか。どうでもいい。それよりも、いい加減ここから出て行ってくれないだろうか。苦痛に震える息を堪えるのも、そろそろ限界だ。 ミシ、と微かに床板が鳴った。一歩踏み出されたままだったゾロのブーツが、遠のくのが分かる。次いで、深く、重く、吐き出される溜め息。ようやく諦めたらしい。 そのまま離れていく足音が聞こえるだろうと、サンジが詰めていた息を吐きだそうとした瞬間。 キン、コロコロコロ。 予想外の音を耳が拾った。下げていた視界に映ったのは、床を転がっていく小さな金色。 何のつもりだとサンジが思考を巡らせるよりも早く、ゾロがラウンジを出て叫んだ。 「チョッパー!」 「っ!?」 思わず顔を上げる。 白いシャツの背中が、ラウンジ前の柵に両手をついて甲板を見下ろしていた。少しの間を空けて、「何だ?」といつもの高いトナカイの声が返る。 「ラウンジでピアス失くしちまった。なかなか見つからなくてな、探すの手伝ってくれねェか?」 「わかった!今行く!」 「悪いな、助かる」 いつもの何気ない口調で会話をしてみせた男が、悠々とこちらに向き直った。 座り込んだままのサンジを、不自然なほどに完璧な無表情で見下ろしてくる。 「そんな目で見られる覚えはねェな。おれはおれのためにチョッパーを呼んだ、それだけだ」 「……クソ野郎が」 おれのプライドを悟って、でも、このまま放ってもおけない?ふざけるな。 そんな優しさ、おれにとっては残酷でしかないのに。 チョッパーの蹄の音が、近付いてくる。 |
お題:「プライド」 |
あとがき ゾロとサンジ君は、普段は肩を並べていると思うのです。でも、ここぞという局面になると急にゾロが加速して、サンジ君の上をいってしまう。それはサンジ君にとってはひどい裏切りで、歯がゆくて仕方ない。 原作ではどうしても、管理人はゾロの方が一枚上手な感じがしています。しかも、狙ってそれをやっているのではなく、本能的に嗅ぎ取って動いている。(逆にサンジ君は、作戦立てたりと知能派ですが。)あんまりな言い方をしてしまうと、最終的においしいところをサラッと奪っていく人がゾロ。今回の話にも、その考え方の影響が出てしまっていますが。(苦笑) そんなゾロは、普通に見れば文句なしにかっこいいし頼れますが、サンジ君視点で見るとどうにもモヤモヤした気持ちが残ってしまう管理人なのでした。……もしかして私、こういう部分ではゾロよりサンジ君贔屓なんでしょうかね?(苦笑) |