予定は、変更。 「よっ……と。うわっ!」 抱え上げたばかりの書類の束が、バサバサッ、と派手な音を立てて床に散らばる。高木は小さく溜息をつくと、しゃがみ込んで再び書類をかき集め始めた――右手のみで。 高木の左腕は、現在包帯に巻かれて吊るされている。一昨日の被疑者確保の際に、少々無茶をした結果だ。 幸い利き腕ではなかったので、書類を書くことには難儀しない。が、やはり片手のみで行うという日常生活には慣れていないため、どうしても上手くいかない事の方が多い。 「大丈夫?」 降ってきた声に視線を上げれば、佐藤が同じく隣にしゃがみ込むところだった。当然のように床の書類へ彼女の手が伸ばされる。礼を告げれば、返事の代わりに微笑まれた。 手際良く集め出す佐藤に続き、拾う作業を再開する。が、途中でふと、佐藤の動きが止まった。手にした何かをじっと見詰めているようだ。 「佐藤さん?」 何事かと振り返れば、佐藤が手元の物を高木に向ける。「行かないの?」と示されたそれは、同窓会の案内状だった。欠席の文字を囲む、黒い丸。高木がさっき付けたばかりのものだ。机上に置いていたのだが、書類の落下に巻き込まれたらしい。 「ええ。もうずっと参加してないんです」 苦笑しながら頷けば、佐藤も「そうよねぇ」と同調する。 「私も最近は行けてないわ。なかなか休みもとれないし、とれたとしても緊急で事件に駆り出されることもあるでしょう?ドタキャンは向こうにも迷惑かけちゃうし」 「ええ。それに、今は特にこんな格好ですから尚更……」 言いながら、自身の左腕に視線を落とした。今朝取り替えたばかりの包帯は真っ白で、日光が当たると少しばかり目に染みる。 つられるように、佐藤の視線も包帯へと注がれた。 「クラスのみんなに、心配かけたくない?」 「それもあります。けど……」 「けど?」 意外そうに佐藤が小首を傾げる。 高木が同窓会に行かない理由は、彼女が言うような純粋な思いだけではなかった。高木は小さく苦笑する。 「僕、刑事になるって言ったら、周囲の友達からかなり反対されたんです。危険だ、心配だ、って」 自分のためを思って言ってくれた言葉だとは、当時でも充分過ぎるぐらい判った。 「でも僕は、そんな反対を押し切って刑事を目指したし、こうして刑事にもなった。だから、腕を吊ってるこんな状態じゃ、みんなに会い辛いんです」 この姿を見れば、みんな思うはずだ。 やっぱり危険なんじゃないか、と。だから止めたのに、と。 「……それ、逆なんじゃない?」 高木が黙り込むと、静かに佐藤が口を開いた。見詰めてくる視線は、少し呆れているようにも、不思議そうにも見える。「何を言っているのだ、この男は」、そんな感じだろうか。 「逆?」 「こんな状態だからこそ行くべきだ、ってこと」 言って、佐藤は集めかけの書類を一旦脇に置くと、招待状のハガキを手にして立ち上がった。高木のデスクから黒ペンを取る。 「そんな怪我を負っても、まだ刑事を続けてる。続けたいと思えるほど、刑事は遣り甲斐のあるいい仕事だ。だから刑事になったことを後悔してない。――そう、ハッキリその人たちに言ってきなさいよ」 ほら、と笑いながら、佐藤が手にしたハガキとペンを差し出してきた。強気な、それでいて、刑事であることの誇りを窺わせる笑顔。 「少なくとも、私だったらそうするわ。だって私、刑事バカだもの」 彼女のその言葉に、高木は一瞬目を丸くし。けれど、次の瞬間には思わず笑っていた。 「そうですね。そういえば僕も、刑事バカでした」 「でしょう?だったらバカらしく、堂々と胸張って、主張してきなさい」 「ええ」 頷いて、高木は佐藤からハガキとペンを受け取る。 欠席の丸に二重線を引くと、代わりに隣の二文字へと勢いよく丸を付けた。 |
お題:「同窓会」 |
あとがき 高木刑事の過去を少々捏造。(苦笑) このお題を頂戴した時、刑事さんって忙しくて同窓会なんてなかなか行けないんじゃないかなぁ…と思ったのが、そもそものきっかけです。もっとも、夜のちょっとした合コンぐらいは行けるようですが。(←「恋物語7」参照。笑) 同窓会、私はまだあまり経験していませんが、卒業してから数年しか経っていない同窓会と、10年以上経ってからの同窓会では、また感じるものが違うんでしょうね。 |