何も夢を見ずに眠れることほど、幸せなことはない。 「現実は厳しい」ってよく言うけど、僕にとっては夢も結構厳しいから。 現実だけでもウンザリするのに、夢の中にまで魂の前の所有者の記憶が追いかけてくる。 正直、堪ったもんじゃない。 ゆめをみる 村田はゆっくりと目を開けた。まだ夜が明けきれていないらしく、辺りは薄暗い。 時間を確認しようとしてやめた。そうだった、この世界には時計なんてものは存在しない。 こういう時、普通は二度寝でもしたくなるのかもしれないが、彼はそういうものとは縁がなかった。もう一度寝たいなんて思わないからだ。 上半身を起こすと、寝汗をかいた服がじっとりとまとわりついてきた。これもいつものこと。不快さに僅かに眉を寄せ、ベッドを降りた。 靴をはかずにそのまま歩く。裸足の方が足音が立たない。絨毯の道が終わると大理石になり、足裏にヒヤリとした感覚が伝わった。 そのままヒタヒタと歩き、扉をゆっくりと押し開ける。がらん、とした暗い廊下。 こんな時間に起きているのは、見張り番の女性兵と……。 「お庭番ぐらい……か」 「あら、バレてましたか」 天井から音も立てずに降り立ったのはヨザック。オレンジの髪が揺れた。 「廟は基本的に男子禁制なんだけど」 「大丈夫。グリ江は巫女さん並みに純粋な乙女ですもの」 「それはどこの世界の乙女観なのか、ぜひ教えてほしいね」 相手の軽口に合わせてみたところで、気分は全く変わらない。不快なまま。 「どこへ行かれるんです?そんな格好で」 真面目な表情に戻った庭番が問うてきた。引き戻し体勢に突入、といったところか。 「別に。ただ廟内をブラブラしたいだけ」 「朝の散歩にしたって、まだ早すぎやしませんか」 「そう?でも僕は散歩したいんだ。“独りで”ね」 ニッコリと笑って言ってやる。これ以上ついてきてくれるな、と。 そのまま歩き出す。相手は動かない。だが、暫くしたら距離を置いてついてくるのだろう。 これは自惚れでも何でもなく、それが彼の義務だからだ。そして彼は、必ず義務を遂行する人物。 「……ヨザック」 足を止め、呼びかける。だけど振り向くことはしない。 「眠ることで重要なのは、睡眠の質であって、見た夢の内容じゃないよね?」 庭番にというより、自分に言い聞かせるように呟いた。 突然で脈絡のない問いかけにも臆することなく、ヨザックの声は追いかけてくる。 「ええ、質の方がずっと大事ですよ。 夢は夢。たとえあなたにとっては気の重くなるものでも、それはただの夢です」 どこまで分かって言っているんだか。思わず苦笑する。 それでもそれは、今の自分が欲しかった言葉だったので、 「……ありがとう」 と礼を述べた。 分かっているんだ。夢は夢でしかないと。 それがたとえどんなにリアルでも、それは前の魂の所有者の経験であって、自分のものではない。そうやって、いつも夢との折り合いをつける。 だけど僕にだって、頭では分かっていてもどうにもならない時がある。堪らなくなる時が。 だって、いくら魂が大賢者だからって、僕自身はたかだか十六年しか生きていないのだから。 僕は、十六歳の「村田健」でしかないのだから。 |
あとがき 「だってお年頃なんだもん」を参考に書きました。 現実だけでもウンザリするでしょうに、夢の中にまで魂の前の所有者の記憶が追いかけてくるムラケン君。「だってお年頃〜…」ではケロッとしてましたが、しょっちゅうこんな調子じゃ、たまに嫌にもなるだろうなぁ……という思いのまま書きました。 |