「ロビンちゃん、コーヒーとケーキ、お持ちしました」

 恭しく頭をたれる彼を見慣れてしまった私は、随分と幸せ者だと思う。

 

 

ずっと

 

 

 パラソル下のテーブル上に並べられた、湯気を立てるコーヒーとシンプルなシフォンケーキに、私の頬は緩む。

「ありがとう、コックさん」

 素直な感謝を述べれば、彼はあっという間に目をハートにして体をくねらせた。ついでに深いようで実はあまり深くないポエムを述べてくれるのもいつものことだが、それにはこれまたいつものように笑顔で耳を遮断させてもらう。必死の言葉に申し訳ないとは思うけれど、どうにも裏のない褒め言葉というものには慣れないのだ。

 カップの中身を一口含み、ケーキにフォークを刺す。口へと運べば、柔らかな食感と一緒に、ほのかな甘さが広がった。私好みの、甘さ控えめのケーキ。

もしここに航海士さんもいれば、彼女には生クリーム等がたっぷりと添えられるのだろうけれど、今は彼女は女部屋に篭って海図を描いている。その作業中の彼女は、飲食物どころか人の訪問も拒みがちだと今やこの船のクルーたちは皆知っているので、きっとコックさんは彼女の分は後で出すようにとってあるのだろう。

 

 ケーキを三分の二ほどまで食べたところで、カップの中のコーヒーがなくなった。当然、傍らに立つ彼が気付かないはずもなく、すかさず「おかわりは?」と訊いてくれる。私は「頂くわ」と笑い、彼がコーヒーを丁寧に淹れてくれるのを眺めながら呟いた。

「ねぇコックさん、覚えてる?」

「うん?」

「私が二度目にあなたたちの船に乗った時、あなたがおやつを出してくれたこと」

アラバスタを出てすぐ。あの日私は彼らの前に唐突に現れ、仲間に加えてくれるよう要求した。

「えぇ、もっちろん!」

 大きく頷いた彼はしかし、今度はしょんぼりと項垂れてみせる。本当に、感情のわかり易い人だと思う。

「でもあの時はまだロビンちゃんの好みを知らなくて、ケーキも普通の甘さで出してしまって……」

「いいえ、あれは元々があまり甘くはないケーキだったでしょう?問題なかったわよ。美味しかった」

「そっ、そんな〜。ロビンちゃんにそう言ってもらえるなんて幸せだ〜!」

「久しぶりだったわ……」

「へ?」

 身体をくねらせたままのコックさんが、きょとんとした顔で私を見る。

「『おやつ』なんてもの貰ったの、本当に久しぶりだったの。驚いたけど、嬉しかったわ」

久しぶりすぎて、「おやつ」という響きがくすぐったくさえ思えたほどで。

「ロビンちゃ……――」

「サーンジー!おれにもおやつくれーっ!!」

 何かを言いかけたコックさんの言葉は、船に飛び乗ってきたルフィの声によってかき消された。彼は朝から島の探検に行っていたはずなのだが、半日でもう飽きてしまったのだろうか?ということは、この島にはあまり危険は無いのかもしれない。

 ルフィの登場で、コックさんの表情は一気に不機嫌なものへと変化する。

「おいルフィ!おれとロビンちゃんの幸せ空間を邪魔すんじゃねぇ!」

「そんなことより腹減ったぞサンジ!なぁロビン、このケーキの残り、食わねぇならおれに……――」

「黙れクソゴム!ロビンちゃんのは特別だ!手ぇ出すんじゃねぇ!お前の分はラウンジにあるから、とっとと行って食ってこい!」

 コックさんの言葉に目を輝かせたルフィは、ゴムの能力を使ってあっという間にラウンジの方へと消えていく。

 「ったく……」と、呆れたようにその背を見送っていたコックさんは、そのままの姿勢で静かに私の名を呼んだ。

「何かしら?」

「ウチの船にゃ、あんな風に腹にブラックホールを飼ってる奴がいるから、いつ食糧難になるか分からねぇ状況だけど」

 そこで一旦言葉を切ると、コックさんは私の方に向き直る。ニッ、と彼独特の顔で笑った。

「でも、これからも可能な限り毎日、おれはロビンちゃんにおやつを作るぜ。今までロビンちゃんが食べ損ねた分なんて比にならないぐらいにね」

 一瞬、ほんの一瞬、私は瞠目した。

 けれどすぐにその表情は消して、いつものように笑ってみせる。

「ふふ。楽しみにしてるわ」

今でも既に、こんなに美味しいおやつを毎日食べられるのが当たり前になりつつあるのに。「それをこの先もずっと」と約束してもらえるなんて。

私は本当に幸せ者ね。そう呟いたら、コックさんが珍しく私の意見に首を振った。

「それは微妙に違うぜ、ロビンちゃん。幸せなのは君だけじゃない。ロビンちゃんが幸せなら、おれたちも嬉しいし幸せだ。つまり」

 

 

おれたちみんな、幸せってワケ。

 

 

 

 

 

あとがき

 昔は、パンに塗るジャムさえ制限されていた生活のロビンちゃん。おやつなんて、そうそう貰えなかったんじゃないでしょうか。(オハラの研究所では、おやつを食べることもあったかもしれませんが。)オハラを出た後も、クロコダイルの所のように豪華な果物やお菓子を食べる機会はあったのかもしれませんが、それでも「3時のおやつ」的な嬉しさ・ほっとする感じは無かったんじゃないかな、と。この船ではゆっくりおやつを味わってほしいなぁと思います。

 遅くなってしまいましたが、ロビンちゃん、ハッピーバースデー!!

 

 

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