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それは、突然だった。

「ねぇ。お客さんは、新しい魔王陛下にお会いしたいって思ったこと、ある?」

 裁縫中の彼女が顔を上げ、そう訊いてきた。

 思うも何も、すでに会ったことがあります。なんて素直に言えるわけもなく、特にはないという無難な答えを返す。

「何だよ、急に?あんたは会いたいとか思ってるのか?」

「ええ、まあね」

「何で?」

「そうね……。陛下にお伝えしたいことがあるから……かな」

 伝えるって、何を?

 喉まで出かかったそれを呑み込んだ。仕事上、あまり陛下の話題に執着しすぎるのはマズイ。

彼は知りたいというその感情を押し殺し、「へ~」という生返事に留めた。

 

 

与えたもの、

与えられたもの(1)

 

 

「はぁ?城下に行きたいですって?」

「な?頼むよ、ヨザック~」

「お願い、グリ江ちゃ~ん」

 血盟城の回廊。そこで オレンジ髪のお庭番は、王とその娘に行く手を阻まれ、すっかり困り果てていた。期待に輝く二人分の視線を一身に受け、彼は何とも言えない表情を浮かべる。

「そう言われましてもねぇ…。この後は、ギュギュギュ閣下とのお勉強が再開されるんじゃ?」

「そうだけど もう限界!スパルタ過ぎるんだよ、ギュンターはっ!!休憩だって、5分だよ?5分!学校の休み時間だってもうちょっとあるだろ~」

 腕にはめている、固そうなゴツゴツした黒い物体を指差しながら主君が訴えてくるが、一体その物体は何なのか、そもそも彼の言う「ゴフン」とはどれくらいの長さなのか、さっぱり分からない。その前にも、スパ何とか という知らない単語が混ざっていた。

 声の調子とこの嘆き具合から、おそろしく厳しい授業が展開されているであろうことは容易に推測できるが。

「しかしですねぇ、あの人は後が怖いですから。陛下に関することとなると特にね。 隊長はどうしたんです?こういう時こそ、ウェラー卿の出番でしょうに」

 あの見事なまでの話術と、胡散臭さ漂う完璧な笑みをもってすれば、王佐閣下を撒くことぐらいできるはずだ。いや、実際、今までにその例が何度かある。

 名付け親の名を出された王は、ほんの少し遠い目をした。その人物を哀れむかのように。

「コンラッドは……朝からツェリ様の新しい服のお見立てに引っ張り出されてる……」

「あら~。そりゃ、夕方まで終わりませんわな……」

 脳裏を過ぎるのは数年前。鞭の稽古をつけてあげると言われ、前魔王の部屋を訪ねてみれば、そこは一面、服、服、服。

 「お稽古の予定だったけど、変更して ちょっとあたくしの服を選んでくれない?」そう言われ、頷いたのが運のツキ。その日一日、次々に服を着替えるツェリを眺めては褒め称えるはめになったのだ。

 ヨザックは、心中で幼馴染に合掌した。

「だからさ、頼むよヨザック」

「しかしねぇ……。それじゃあ陛下を甘やかすことにもなりません?どうせ明後日には、校外活動ならぬ城外活動の時間とやらで、城下視察に行くでしょうに」

「それじゃ間に合わないんだよ~。グレタは明日からまた、ヒスクライフさんの所に行っちゃうし。このままじゃ、親子の楽しいふれあいがないままになっちゃう~っ!!」

 お庭番は黙る。分からなくもない言い分。 さて、自分は一体どうすべきか。

 すると、視線を腕の黒い物体に再び注いだ主君が、慌てたようにこちらを見上げてきた。

「うわっ、マズイ!早くしないと休憩終わっちゃう!ギュンターに呼ばれる~っ!!ヨザック、頼む!」

「グレタを助けると思って、お願い、グリ江ちゃん!」

「おれを助けると思って、お願い、グリ江ちゃん~!!」

 親子そろって、お願いのポーズ。見詰めてくる瞳も、心なしか潤んでいる。一体どこで会得したんだ、こんな親子の連携技。

 冷静さを保とうと必死に心中でそんなことをつっこんでみるが、潤んだその目で二人同時に瞬きまでされ、ついにお庭番は折れた。

「……わかった、わかりマシタ。行きましょ、城下に」

 瞬間、やったー!と目の前で飛び上がる父娘。

 いつの間に自分は、こんなに甘くなってしまったのだろう。しかも、王のみならず王女までという、護衛にとっては最高に面倒な仕事を自ら引き受けるなんて。以前の自分ならば考えられない。

 こうなってしまったのは、一体誰の影響か。喜んで先に駆け出す二人を見ながら、そんな答えの分かりきったことを考え、苦笑した。

 

 

 

 昼間を少し過ぎたとはいえ、日はまだ高く。外はずいぶんと暖かかった。

 隣を歩く主君は、待望の城下に出たはずなのに、さっきから整った眉目を勿体無く垂れ下げている。

「う゛~、あっつー。頭がムシムシするー」

「お気持ちは分かりますけど、帽子は絶対取らないで下さいよ?」

 王としての視察時ならばともかく、お忍びとなれば、やはり彼の一番の特徴とも言える黒目黒髪は隠してもらわなければならない。

 普段は髪を染めたり 目に色つきの硝子を入れるが、時間が無いからと主君自ら、今装着中の色つき眼鏡と手編みの帽子を取り出した。(この準備のよさからすると、事前に娘とのお忍びを計画していたのかもしれない。)しかしこの暖かな気候には、その装備は少々辛かったようだ。

「そりゃあ わかってるよ?サングラスはむしろ問題ないし。でも、帽子はちょっと後悔」

「まぁ、日射病防止策だと思って」

「そういう時でも、さすがに毛糸の帽子はかぶんないだろ。麦わら帽子とかさ。 っていうか、この気温じゃ見てるみんなの方が暑いんじゃないの?」

「あ~……、それは確かに」

「グレタもそれ、ちょっと思った~」

「ゔっ……」

 愛する娘にまで畳み掛けられ、主君が唸る。自分で言ったこととはいえ、あっさりと肯定されたのは少し堪えたらしい。

 お庭番は慌てて話題を逸らした。

「まぁまぁ、季節を先取り~って感じで、いいんじゃないですか?それより、どこに行くおつもりなんです?」

「かなり気の早い先取りだけどな……って、あ~、そっか。まだ行き先言ってなかったんだっけ」

 眞魔国は、この辺りでは唯一の魔族の国とはいえ、大きさはそれなりにある。城下も同じく、結構な広さだ。

 主君が懐から城下町の地図を取り出した。紙上には、青色も塗られている。

「見てくれよ。結構コンラッドと色々回ったんだ。後まだ行ってない所は……ここかな」

 つまり、色が塗られた部分は既に行ったことがある場所らしい。王の白い指が、すっと紙上を滑る。地図のほとんどが青くなっている中、唯一ぽっかりと紙の色のままで残っている場所で、その指は止まった。覗き込み、場所を確認する。

「どれどれ……。ゔっ」

 今度はお庭番が唸る番だった。

 王の指が示す場所――眞魔国でも端に位置し、人間の国との国境にも近いその場所は。彼が行きつけとしているセリナの洋服店がある地域だった。

 何でご丁寧に、そんな場所だけ行っていないのか。せっかく城から遠い場所で店を探したというのに、これでは意味がないではないか。

「あの~、坊ちゃん?別に行ったことのある場所だって……――」

「あーーっ!!!」

 慌てたヨザックの言葉は、少女の高い声によってかき消された。地図の一点だけを見つめる少女の瞳は、どこか期待で輝いている。

 まだグレタが何かを言ったわけでもないのに、マズイ、と脳が本能的に告げた。

「ここにあるこの沼って、アニシナが作った“毒の沼”じゃない!?」

「へー、アニシナさんって、沼なんかも作れる……え? ど、毒!?」

「ね、そうでしょ、グリ江ちゃん?」

反応が一拍遅い王に続き、王女も地図から顔を上げてこちらを見上げてくる。

確かにそこは、アニシナによって一晩にして毒だらけと化した、ある意味伝説の沼だ。何しろこの沼の一件で、彼女の「毒女」という呼び名が生まれたぐらいなのだから。

しかしここで頷けば、「将来の夢は?」と訊かれて迷わず「毒女!」と答えるという噂の この王女が行きたがるのは必至だ。そして今は顔に恐怖の色を浮かべている主君も、愛娘からの攻撃を受ければ間違いなく白旗を振るだろう。そうなれば、自分は逆らえなどしない。

だが、だからといってここで嘘を教えるのも……。

「あれ?違った?グリ江ちゃん」

「……いえ。おっしゃる通りで」

小首を傾げて問うてくる純粋な少女を騙すのは、さすがにやはり心が痛んだ。改めて、自身の変化を思い知らされる。

後は先ほどの彼の予想通りに話は進み、結局今回の行き先は、セリナの店がある地域に決まってしまった。

 

 

―――ま、あの店に入らなけりゃ 問題ないか。

お庭番は、そう自分に言い聞かせる。

しかし、そう都合よくできてはいないのが 世の中というもので。

 

数時間後、彼はそのことを嫌というほどに思い知る。

 

 

 

 

 

 

あとがき

 なかなか更新できないので、とりあえずきりのいいところまでをアップすることにしました。ちょっとした日常話のつもりなのに、なぜか妙に長くなってしまって……困ったもんです。(苦笑)

 洋服店シリーズと言っておきながら、セリナの出番が少ないですよね~…。まぁ、これから出てくるんだろうということは、皆さんお分かりになっているでしょうけど。(苦笑)

 できるだけ早く続きをアップできるよう、努力します。でも気長に構えていていただけると嬉しいです♪(←コラ。)

 ちなみに毒の沼ネタは、「やがて(マ)」冒頭、アニシナの独り語りより。

 

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