そりゃあ、これでも「偉大なる航路(グランドライン)」に入って随分経つからな。この航路が常識外れだってのは充分、解ってるつもりだ。

 

 けどな。

 やっぱ驚くだろ、これは。

 

 

Grope your way

 (1)ある一流コックの華麗なる混乱

 

 

 ことの起こりは数分前だ。いや、おれにしてみりゃ色々と脳内がパニック起こしてて、数分どころかかなりの時間が経ったような気がするんだけどな。でも多分、落ち着いた傍観者がいりゃあ、きっとそれは一、二分程度の世界だろう。

 

 嵐がくる。鋭くそう言ったのは勿論、女神かと見紛う美貌と、海よりも深い知識を兼ね備えたナミさんだ。空を見上げる厳しい顔つきも、凛としていて思わず見惚れちまう。

「みんな、それぞれ位置について!パドルで二時の方角へ!このまま此処にいたら嵐に巻き込まれるわよ!!」

 彼女の予報が外れるなんて、今やこの船のクルーは誰も思ってやしない。例え彼女が「今日はクンフージュゴンが百匹降る」と言ったって、きっと信じられる。その時はアラバスタの二の舞になんねーように、ルフィを抑えとかなきゃならねぇけどな。

 それぞれが了解の意を返し、持ち場へと慌ただしく移動を始める。既に上空を覆っていた黒雲からは、まばらとはいえ大粒の滴が落ちてきていた。

 おれも帆を畳もうと、フォアマストに続く縄梯子へ足をかけた時。

「うおっ!?」

 素頓狂なデケェ声が突然響いた。勿論その声は、おれが縄梯子でこけかけたとか、そんなマヌケな話じゃねぇぜ?だって聞こえたのは、おれの右斜め前方からだし。

 反射的に見れば、麦わら帽の船長が船縁近くでたたらを踏んでいた。何だ滑りかけただけかと、おれだけじゃなく振り返っていた他のクルーもルフィから視線を外そうとした瞬間。突風で船が煽られた。それぞれが咄嗟に近くの物にしがみ付くが、丁度バランスを失いかけていたルフィは、ますますその身体の平衡を失い。

「ルフィ!」

 誰かが叫んだ。

 ほんと、こういう時に走る嫌な予感って、何故か絶対当たるんだよな。しかも、濡れた芝生の甲板はそれだけでも滑りやすいってのに、おれたちの船長ときたらいつだって草履だ。ツルッといくのにはこの上ない好条件。当然、ルフィの細身の身体はあっさりと宙へ投げ出された。

 慌てたようにルフィもゴムの腕を伸ばすが、掴んだはずの船縁は雨で滑ってすぐに離れる。見る間にルフィは、普段よりも色を濃くした嵐前の海に飲み込まれた。

「ったく、あのバカ!」

 あいつに一番近い位置にいたおれは、舌打ちと共にすぐさま縄を掴んでいた両手を離す。いつもはジャケットと靴を脱ぐんだが、縄梯子を上っている最中だったためそれも叶わない。泳ぎ辛いのを承知で、そのまま海へと飛び込んだ。

 間をおかずに、また別の水音が続く。おそらくゾロだろう。あいつも海に飛び込みやすい位置にいた。だが、先行していたのはおれだったから、おれは迷わずルフィを探しに深くへと潜る。

 カナヅチ船長救出の際は、先に飛び込んだ奴が船長の回収、後から飛び込んだ奴は海面に浮かぶ麦わら帽子の回収と、暗黙の了解でそう決まっていた。溺れたあいつの目覚めの第一声はいつだって、「おれの麦わらは!?」だからな。帽子の救出役も不可欠ってわけだ。頼むぜ、マリモ君。

 

 空が曇っているせいで、海の青も暗い。必死に目をこらせば、ルフィが着ていたベストの赤がぼんやりと見えた。

 見つけた、と泳ぐスピードを上げた瞬間、それは現れた。

 一応言っておくと、大きな鮫がやってきたとか、そんなベタな展開じゃあねぇ。生憎とおれの精神は、それぐらいでビビるように可愛らしくはできてねぇ。そんなクソ鮫一匹、おれが蹴りをお見舞いすりゃいいだけだからな。

 じゃあ何かって?

 

 さぁな、おれにもさっぱり分からねぇ。

 

 だってそうだろう?沈んでいくルフィの傍、突然、何もないところから林檎サイズの渦が発生したのだ。そんな不思議現象の名称が何かなんて、おれには分からねぇ。

 天候や気象に関して天才的なナミさんなら、この異常現象の名称や原因も知っているのかもしれねぇが、おれはといえば、海の現象よりも調理や食材に関することの方が得意だ。さっきも無意識のうちに、渦のサイズを食いもんに例えちまったしな。これも一種のコックの性ってヤツか?

 まぁ何にせよ、分からない理由は考えるだけ無駄、後回しだ。渦とはいえこんなに小さいなら避けれらるし、とにかくさっさとこの船長を引き上げねぇと……なんて、おれが至極まっとうな考えを持った瞬間だ。渦の大きさがぐっと拡大した。あぁ?また食いもんで例えると?知るかっ!人間二人を易々と呑み込めるサイズの食いもんなんてあってたまるかっ!!

 渦のデカさが大きくなったのに比例して、水流の勢いも更に激しくなる。

 

 クソッ!引きずられる!!

 

 限界まで右腕を伸ばしてルフィのベストの裾を掴んだが、その瞬間には既に、おれとルフィは渦の流れに巻き込まれていた。

 

 

 

 ……で、ようやく現在に戻るわけだが。

 な?時間にしてみりゃ 一、二分程度なのかもしんねぇけど、実際に巻き込まれてるおれとしちゃあ、もっと長く感じるのも無理ないだろ?

 しかもおれの災難は、謎の渦に飲み込まれるだけでは終わってくれないらしい。ルフィを抱え、酸素を求めて水面へと浮き上がると、ますますおれの混乱材料は増えた。

「……えーっと?どうしたもんかね、こりゃ」

 明らかに、元の場所じゃない。

 海を、しかもグランドラインを旅する身としては、周囲の風景が船から落ちた場所と少々違ったからといって、慌てるべきではないと解っている。落ちた場所から大分流されてた、なんて話はざらに聞くしな。

 だが、此処は明らかに違うと分かった。そもそも、ここは海じゃねぇ。――、だ。

 

 この狭さといい、浅さといい、周囲のいかにも庭ですという緑の風景やドデカい建物といい、此処はどこかの屋敷の池だろう。いや、この建物の大きさじゃ、下手したら城かもしれねぇ。何しろ視界の端から端、どう首を左右に捻ったって、回廊や石造りの壁が続くときた。建物の端が見えねぇ。どんだけ広いんだ、この建物は。

 

 結論。ここはどっかの城の庭の池。

 

「……」

 おれは、猛スピードでおれから遠ざかろうとする意識を何とか捕まえた。うんうん、現実逃避したくなる気持ちはよーく分かるが、ちょっと待ておれの意識。ここで逃げても何も始まらなねぇぞ、おれの意識。

 こんな展開で驚かない奴がいたら、おれは是非とも会ってみたい。会って、「ふざけんなテメェ冷静ぶってんじゃねぇ!」って蹴りの一発でも入れてやる。あぁ勿論、レディーは違うぜ?相手は野郎限定で。

 ……いやいやいや。やっぱりちょっと逃避してるぞおれ。頑張れおれ、落ち着けおれ。反射ではなく優先順位で物事を考えろ。

 まずはやはり、傍らでぼんやりしているカナヅチ船長の救出が先決だろう。とりあえず用心のために、素早く、けれどできるだけ水音を立てないように注意しながらルフィを庭へと引き上げ、芝生に仰向けで寝かせる。腹を押してやれば、ぴゅーっと小さな噴水の如く、ルフィの口から海水(いや、池水か?)が飛び出した。

 そのゴムポンプ作業を繰り返しつつ、今度は現状を振り返ってみる。おれたちはさっきまで確かに、グランドラインの海にいた。あの海は、どこかでこの池と繋がっていたのだろうか?だが、それなら何故こんなにも底が浅いのか。

 酸素を求めて水面へと向かったぐらいだから、それなりに水深はあったはずなのに、水面から顔を出した時には、おれはルフィを抱えて体育座りの少し足を伸ばしたバージョンで池にいた。水に浸かっていたのもベルト辺りまで。どう多めに見積もっても、ここは水深十五から二十センチ程度だろう。海へと続きそうな穴も、どこにも空いちゃいねぇ。

 でも、じゃあ。おれの推理通り、ここは「海inグランドライン」ではなく、「池inどっかの城の庭」だとして。

 

 何故おれたちはそんな所にいる?

 

 

 だが、せっかくおれが真面目に現状把握を始めていたというのに、褒めてやりたいほどのクソ見事なタイミングで邪魔が入った。近づいてくる二人分の足音だ。

 おれは、水はすっかり吐き出したものの未だ絶賛気絶中の船長を抱えて、近くの茂みに身を潜めた。本当、靴を履いたままでいたのは不幸中の幸いだ。普段だったらきっと、海に飛び込む前に革靴もジャケットも脱いでいただろう。どんな場所でも、外を裸足で駆け回るのは正直色々と厄介だ。万歳、あの時ちょうど縄梯子を上ってたおれ。

 

 暫くしておれの視界に現れたのは、二人の男だった。軍服を着て、腰には長剣。格好からして兵士といったところか。兵士が巡回していることで、ますますおれの中で「ここはどっかの城の庭」説が有力になっていく。

 見つかったら不法侵入者扱いされるのは確実だ。誰かと接触して話を聞き出すにしても、まずは少しばかり隠密行動という名の立ち聞きや盗み見をして、ある程度の情報を得てからがいい。いきなり兵士に話を聞くなんて、もっての他だ。

 おれは息を詰め、気配も断ち、兵士たちが通り過ぎるのをじっと待つ……つもりだったのだが。よりにもよって、絶賛気絶中であるはずの船長が身じろぎしやがった。

「んん……」

 上がった唸り声はすぐさまルフィの口を塞いで止めたが、身体の動きまでは間に合わなかった。ルフィの動きに合わせて茂みがガサリと揺れる。当然、兵士たちもそれに反応した。

「おい、今……!」

「あぁ、あの茂みだ」

 ったく、このアホ船長!

 こんな状況下じゃなかったら、絶対に踵落としの一つは喰らわせていただろう。しかも、これで目覚めりゃまだマシだが、コイツは本当にただ身じろぎをしただけで、ちっとも覚醒しちゃいねぇ。

 まぁ、おれは気絶しているルフィを抱えた状態でも戦えなくはない。が、その後はどこに向かう?普段なら迷わず船に戻って出港だが、サニー号がどこにいるのか、そもそも海はどこか、ちっとも分らない。そんな今の状況で下手に騒ぎを起こすのは、得策じゃねぇ。

 となれば、とりあえずここは。

 

にゃー

 

 猫の鳴きまねでやり過ごす、だろ。ベタだなんてツッコミはやめろよ。やってるおれが一番よく分ってる。けどな、咄嗟になると人間、ベタなことしか浮かばねぇモンなんだって、ホント。

 だが、そんなベタな策に返ってきた反応は、ベタなんてものじゃなかった。というより、おれの予想の範疇を山一つ分くらい軽く超えていた。

「ぞ、ゾモサゴリ竜!!」

 

 は?

 

「大変だ!あいつは肉食だろう!?」

「危険だぞ!すぐに何か捕獲道具をっ!」

 ちょっと待て。何なんだ、こいつらは。

 竜?それってあれ?いわゆるドラゴン?いつからドラゴンの鳴き声は「にゃー」になったわけ?

 まったく、ここ何分かの間に、おれの脳みそはパニックを起こしまくりだ。可哀想に、酷使してごめんな、おれの脳。でもおれだって好き好んでパニック起してるわけじゃねぇんだぜ、不可抗力だ完全に。勝手におれの周りで意味不明現象が次々に勃発してるだけなんだって。

 

 兵士二人は真っ青な顔で、バタバタと慌てふためいている。仕舞いには大声で他の兵士連中まで呼ぶ始末だ。

 おいおい。おれ、何か判断間違ったか?猫の鳴きまねって、こんなに混乱を呼ぶものだったっけ?

 再び現実逃避しそうになる意識を無理やり押しとどめ、こうなったらもうルフィを抱えて逃げるしかないかと、おれが腹を括った時だった。

「どうしたの?」

 響いた声に、一瞬にして兵士たちが動きを止めた。それはもう、見事にピタッと。

 兵士のうちの一人が慌てたように叫ぶ。

「陛下!」

 ……陛下?そりゃあれだよな?国で一番偉い奴、つまりは王様。ってことは、やっぱりここはどっかの城の庭ってことで確定だな。ワーオ、おれの推理力って完璧。……当たったところでほとんど助けになってねぇなんて野暮なツッコミはやめてくれ、泣きたくなるから。

 だが、兵士たちの視線を追って、おれは思わず小首を傾げた。

 

 あんなガキが、「陛下」?

 

 そこにいたのは、どう見てもルフィやウソップと変わらないだろう歳の、「男」というより「少年」という言葉の似合う奴だった。

 ルフィと同じ、黒い短髪、黒い瞳。顔立ちはまぁ、可もなく不可もなくで、多分レディー達から見たら、可愛い系の部類に入れられるだろう。ま、おれは男相手に「可愛い」なんて神聖な表現は極力使いたくねぇんだけど。

 身長もナミさんと同じくらいだし、肉付きもどっちかっつーと華奢。その身体を、マリモカラーの緑に白のライン入りジャージっつう、微妙なモンで覆ってる。

 立ち止まりながらも、その場駆け足を続ける姿から察するに。

 

 ……王様が、上下ジャージで城内ランニング中?

 

 もう、わけの分からねぇ事だらけだ。ここまでくると、いっそ笑えてくる。

 だがそのジャージ陛下の口から、ここでようやく、おれはまともな意見を聞くことができた。

「危険です陛下、お近づきになりませんよう!この茂みから『にゃー』という鳴き声が!!」

「へ?猫でもいるの?」

 ほらみろ。

 やっと普通の反応をする奴がいた。そりゃそうだろう。「にゃー」といやぁ、どう考えたって猫しかいねぇだろ。誰だよ、竜なんてバカ発言をした奴は。

 

 これで何とか、「茂みの中にいるのは猫」ってことで、ここは素通りされる……と思ったんだが。

 陛下とやらと並んでやってきたもう一人の男――多分年齢はおれとタメかちょっと上。短めの茶髪に薄茶の瞳で、美形とまではいかないが、老若男女、誰にでも好かれそうな爽やか系の顔だ。スラリとした体躯だが、纏う雰囲気と腰の長剣からしておそらくは軍人。だが、そんなイイ男風のそいつは、何故だか少年王と同じデザインの緑ジャージを着ていやがる。しかも、サイズまでお揃いらしく、脛は出てるわ、腰や腿は窮屈そうだわで、ひどく微妙だ。――が、少年王に苦笑しながら、おれを再び混乱に突き落す台詞を見事に吐いた。

「陛下、こっちの猫の鳴き声は『めぇめぇ』ですよ」

「あ、そっか。『にゃー』はゾモサゴリ竜だったっけ。って、えぇ!?そこにゾモサゴリ竜がいるの!?

 何なんだこの会話は!?っていうか、「こっちの」って何だ、「こっちの」って!?めぇめぇ鳴く猫がいてたまるか!羊だろ普通!!

 

 

 

 ……なぁ。

 ここは、本当に、何処だ?

 

 

 

 

お題:「はちゃめちゃギャグ(ワンピinまるマ)」

長〜いあとがき(というより説明?)

 長くなったので、ここで一旦カットです。結構続くかもしれません、この話。(苦笑)

 というわけで。今回はお題の中のカッコ書き通り、ワンピキャラがまるマの世界に入る、という話です(←「アリスinワンダーランド」的解釈。)

 ジャンルを混ぜるなんて試みは初めてなので、苦戦気味ですが、とりあえずこれはワンピ部屋に向けて頂戴したお題。なので、「ワンピは知っているけど、まるマは知らない」という方でも分かるように話を書くよう、心がけています。(逆に言えば、ワンピを知っていることは前提で書いています。)それでも、まるマをご存知ない方には分かりにくいのかもしれませんね……すみません、できるだけ頑張りますので!!

 

 また、肝心な「はちゃめちゃギャグ」の部分ですが……。

 多分、見知らぬ場所に突然飛ばされたら人間、自然と現状把握をしようとすると思うのですよ。どうしてこうなったのか、ここはどんな世界なのか、どうしたら戻れるのか、そんなことを考えると思うのです。でもそんな様子を普通に描写していくと、ギャグより真面目、下手をすると「もう戻れないのか」なんてセンチメンタルな空気にも成りうるわけで……。

 となると、文体自体をギャグ調にするぐらいしか方法が思い浮かばず。結果、こんな脳内ハイテンションなサンジ君が完成しました。(苦笑)私個人としても、結構なチャレンジです。冷静沈着なサンジ君がお好みの方には大変申し訳ない……。(←ある意味「冷静」かもしれませんが、決して「沈着」ではないので。)

 

 ちなみに、まるマをアニメでのみご存知の方は驚いたかもしれませんが、護衛閣下の微妙なジャージ姿は原作で実際に出てきます。挿絵が無かったのが幸いでもあり、残念でもあり。(笑)

 

 

(2)へ→

 

 

ワンピ部屋へback2.gifまるマ部屋へback2.gif