なぁクソジジイ、知ってたか? めぇめぇ鳴くのは羊じゃなく猫で、にゃあにゃあ鳴くのは肉食の竜なんだとよ。 ほーんと、海ってのは広いよなぁ。 ……って、んな簡単な一言で片づけられるかっ!! Grope your way (2)一歩進んで百歩下がる だが、はっきり言って、胸中で独りボケツッコミをやってる場合じゃねぇ。 ジャージ陛下の一言で一瞬救われたものの、すぐにそいつも「茂みの中にいるのは竜」派に行っちまった。クソ、さっきまで猫派だったってのに何なんだ、その掌の返し様は。あっという間だな、まだ瞬き三回ぐらいしかしてねぇぞ。 とにもかくにも、今やおれとルフィは肉食の「ほにゃらら竜」ってことになってる。城の奴等は捕獲する気満々だ。捕まえた後は駆除なんだろうな、やっぱ。まぁ、実際おれたちは竜じゃねぇんだが、多分見つかれば不法侵入者の辿る末路は竜と同じだろう。 兵の奴等は剣の柄に手をかけて、ジャージ陛下はやっぱり緑ジャージ姿で、息を詰めてこちらの茂みを見詰めている。どうしたもんかね、本当。こういう時こそ煙草の一本でも吸って、頭をすっきりさせてぇところだが、潜んでいるこんな状況じゃ煙を上げるわけにもいかねぇ。もっとも、煙草の方もおれの黒ジャケットと同様水浸しで、吸えるような状態じゃねぇだろうけど。 おれが対応を考えあぐねていると、ぴたぴたジャージの護衛(よし、略して「ピタジャー護衛」と呼ぼう)が、独り涼しい顔でボソリと兵士たちに言った。 「でも、本当にそこにいるのはゾモサゴリ竜なのか?」 ピタジャー護衛の言葉に、兵士たちが怪訝そうにする。 「どういう意味です、閣下?」 「『にゃー』と鳴くことができるのは、何もゾモサゴリ竜だけじゃないってこと」 瞬間、チラリと向けられた視線におれは一気に粟立った。あのピタジャー護衛、おれたちの存在に勘付いてやがる。 そのまま奴は、腰の長剣を引き抜きながら、躊躇うことなくこちらの茂みへと近づいてきた。他の兵の「危険です閣下!」なんて制止の声も聞いちゃいねぇ。おいおい、ちょっとは部下の言うことに耳を貸してやれよ。 思いながらも、おれも応戦準備で片足に体重を掛けた。色々とどーでもいいことを考えてはいるが、とてもじゃないがおれだって余裕なんてねぇ。ただ現実逃避の誘惑にちょっと負けかけてるだけだ。 ピタジャー護衛がおれの間合いに入ってくるまであと三歩、二歩、いっ……――。 「閣下!避けて下さい!対ゾモサゴリ竜の麻酔弾を持ってきました!!」 は?麻酔弾? ピタジャー護衛に気を取られていて気付かなかった。捕獲道具を取りに走っていた兵士がいつの間にか戻ってきていて、フランキーが見たら喜びそうな、肩に担ぐタイプのバズーカ砲をおれたちに向かって構えてやがる。 ピタジャー護衛が制止の声を上げたが、間に合わなかった。まったく、上司が上司なら部下も部下だ。ちっとも互いの言うことを聞いちゃいねぇ。 ドン、とありがちな音を立てて、麻酔弾と思わしき丸い砲弾がおれたちに向かって放たれた。サイズはまぁ、元気に育った西瓜ってとこか。西瓜割りにぴったりだが、割った途端にオヤスミナサイだ。 いよいよ迷ってなんかいられねぇ。おれは腹を括ると地を蹴った。 結果はまぁ、予想通りだった。 茂みから突然飛び出して、飛んできた砲弾を片足で軽―く蹴っ飛ばしたおれに、兵士の奴等はあっという間に色めきたった。茂みの中に潜んでいたのはゾモサゴリ竜じゃねぇって、奴等もようやく分かったってわけだ。おっと、おれ、何度も聞いたせいで「ゾモサゴリ竜」って単語覚えちまってるよ。すげぇなぁ、おれ。この知識が今後の人生で役立ちそうな予感はゼロだがな。 砲弾も、城を壊しちゃマズイだろうと思ってわざわざ池の方に飛ばして沈めてやったってのに、そんなおれの親切に対する兵士たちからの礼は、鋭い剣の切っ先と険しい複数の視線ときた。おいおい、ちょっとはおれに優しくしてくれたっていいんじゃねーの? 優しくない兵士連中の一人が、おれに向かって声を張り上げた。 「貴様、何者だ!?どこから進入した!?此処を何処と心得る!?」 実にお決まりの台詞。だが、生憎こっちは用意できる返答が全くと言っていいほど無い。何者だ、ぐらいはいいとしても、グランドラインの海から来たと言ったって信用されねぇだろうし、此処がどこかなんてむしろこっちが教えて欲しいぐらいだっての。 だが、おれが返答を考える暇もなく、茂みに近づこうとしていた兵士たちをピタジャー護衛が止めた。今度はちゃんと部下にも言葉が聞こえたようだが、納得はいかないらしく、兵士から何故の声が上がる。 「ですが閣下!」 「不用意に近づくのは危険だ。今の蹴り技を見ただろう?それに、この庭へ侵入するにはこの塀を越えてくるぐらいしかない」 言って、ピタジャー護衛は城中を取り囲んでいるのだろう高い塀を見上げた。軽く建物三階分の高度はありそうだ。 「これほどの高さの塀を誰にも気づかれずに乗り越えるなんて、そう誰でも出来ることじゃない。しかも全身濡れている。おそらくすぐには城へ侵入せず、そこの池にでも潜ってこちらの様子を窺っていたんだろう。実に慎重だ」 へぇ。つまり、おれが只者じゃないって言ってくれてんの? 高評価されんのは悪い気しねぇが、残念ながらピタジャー護衛、後半部分は全部カットだ。何しろおれは塀なんて越えちゃいねぇし、最初に出た場所こそが池だったからな。まぁ、やろうと思えばこの塀越えもできるとは思うけど。脚力には自信あるし。 「俺が相手をしよう」 ピタジャー護衛が……悪ぃ、もう面倒だからピタジャーにするわ。ピタジャーが、今度こそおれを見据えて剣を構えた。 ゾロの刀とは違う、両刃の剣。それが、日差しを受けてギラリと光った。静かに見据えてくる薄茶の瞳は、遠くから見ていた時には気付かなかったが、銀の虹彩が散っていて珍しい。その上に存在する眉の横には、古傷が一つあった。 本当、こんなもっさい微妙なジャージ姿じゃなかったら、そこそこイイ男だろうにな。 「やっぱこうなんのか」 溜め息交じりに笑って、おれもピタジャーへと向き直った。こうなったらもう、一戦やるしかない。 向かい合ったおれたちを見て、ジャージ陛下が心配そうな声で、 「コンラッド!」 と叫んだ。ピタジャーが目線はおれから外さずに、「危険です陛下。下がっていてください」などと冷静に告げている。成る程、どうやらピタジャーの名前はコンラッドというらしい。 おれも相手の珍しい瞳から目を逸らさないまま、一歩足を引いて構えた。コンラッドも、構えていた剣を僅かに握り直す。 ザワリと吹き抜ける風。濡れたまま揺れるおれの鈍い金髪。微かに香る草花の匂い。 全身のあらゆる感覚を全開にする。 互いの呼吸を読み、踏み込みの瞬間を計ろうとした――その時。 馬鹿みてぇにデカくて素っ頓狂な、クソ聞き慣れた声が響いた。 「あれっ!?おれの麦わらが無い!!どこだっ!?」 ルフィの奴がようやく覚醒したらしい。焦った様子で上半身を起こし、茂みから顔を出した。 あーあ、とうとうコイツまで見つかっちまったよ。っていうか、こんな時でも第一声はソレなんだな、コイツ。他にねぇのかよ、此処はどこかとか、どうしてこんな所にいるかとか、野郎ばっかじゃなくていい加減お美しいレディーは出てこないのかとか。……うん、まぁ最後のは、おれの超個人的かつ純粋な願いなんだけどよ。 「目覚めんのがクソ遅ぇんだよ、ルフィ」 おれとコンラッドの間にピンと張られていた見えねぇ糸も、すっかり切れちまった。ルフィを振り返って言えば、必死の形相で立ち上がり、おれに詰め寄ってくる。 「おい、サンジ!おれの麦わらは!?」 「ゾロの奴が拾ってるさ。いーからお前は、そこでちょっと待ってろ」 「何だ、そうか。よかったー……って、んん?お前は何やってんだ?っていうか、此処どこだ?」 「気にすんな、只のケンカだ。状況は……まぁ、後で説明してやる」 つっても、おれもまだ殆ど呑み込めちゃいねぇんだがな。 「ふーん、そっか。じゃあ、とりあえずケンカ頑張れ」 「へぇへぇ。ありがとよ」 暢気な声にヒラリと片手を振って、おれは再びコンラッドへと向き直る。かっこうつけて、「待たせたな」の一言ぐらい言うべきか?なんて思っていたおれの口はしかし、言葉を紡がずに終わった。 どうにも様子がおかしい。 コンラッドが、驚きと困惑を綯い交ぜにした表情でこちらを見ていた。いや、コンラッドだけじゃない。周りにいる兵士連中も、ジャージ陛下も、おれたちを……というより主にルフィを、呆然として見詰めている。おれとルフィが暢気に会話をしていても誰も攻撃してこなかったのは、奴らの紳士的な対応でも何でもなく、ただ単に呆気にとられてただけみたいだ。 何なんだ?一瞬疑問が浮かんだが、只今ばりばりフル回転中のおれの脳味噌様は、すぐに答えを弾き出してくれた。そうか、手配書だ。 ルフィの奴は今や、懸賞金三億ベリーの賞金首。その手配書が世界中に散らばっている。そんな奴が目の前に現れりゃ、そりゃあ人間の考えることは二つだ。欲に目が眩んで捕まえようとするか、恐れ戦いて逃げだすか。 おれだって賞金首だが、あの手配書のクソ忌々しい似顔絵じゃあ、あれがおれだとは判らねぇだろう。っていうか、あの似顔絵がおれだなんて言うような奴には、迷わず眼科行きをお勧めするけどな。蹴りのオマケ付きで。 さて、こいつらはどちらの対応に出るのか。ルフィを捕まえようとするのか、それとも……――。 「そっ、双黒!」 「あ?」 しまった、思わず感想が声に出ちまった。だが無理もねぇよな?何だよあの兵士、いきなり「ソーコク」って。あっ、もしかして「総督」の聞き間違い?それにしたってルフィが総督なわけねぇんだけどよ。 全くの予想外の反応に困惑するおれに構わず、兵士の奴らはどんどん勝手に慌てふためき始める。 「双黒だ!双黒の現人だ!!」 「まさか!本物か!?」 「でも確かに、よくよく考えれば一緒にいる奴も黒い服を着ている!」 「そうか!普段から黒を身につけられるのは、王かそれに近い生まれの者だけ!!」 「じゃあやはり、あの少年は本物の双黒!?」 だから何なんだよ、さっきからソーコク、ソーコクって! とりあえず総督の聞き間違いではなかったみてぇだが、それでもさっぱり解らねぇ。っていうか、密かにおれの黒スーツのことも話題に上がってた? しかも、一通り騒いだ兵士連中は、仕舞いにはルフィに向って次々に平伏し始めた。何だ、おれとのこの対応の差は!?こいつら、賞金首に何か巨大なアコガレでも抱いちゃってるわけ?や、確かにおれも賞金首にはなりたかったけどよ、だからって賞金首の奴らに平伏したいなんてことは一度も思わなかったぞ?そんなに熱烈な賞金首信者なのか?お前ら。 さすがのルフィも、突然の展開についていけないらしく、 「何だ?こいつら?」 と小首を傾げていた。ジャージ陛下やコンラッドは平伏してまではいなかったが、それでもやはり、視線はルフィへと注がれている。 おれはとりあえず、一番近い位置にいるコンラッドに声をかけた。さすがにもう、コンラッドにもおれと戦り合う気は無さそうだ。 「おい、何なんだ急に?ソーコク、ソーコクって……」 「二つの黒」 「は?」 訊き返せば、ようやくコンラッドの視線がおれへと向く。 「黒は、この国では高貴な色とされている。その色を髪と瞳、両方に宿して生まれた者は、貴重で尊い存在として、『双黒』と呼ばれる」 「じゃあ、アイツ……じゃない、あの陛下も?」 おれが顔を向けた先、ジャージ姿の少年が頷いた。 「うん。おれも双黒」 言って、ジャージ陛下は何故か気遣うような目でおれたちを見る。 そして、問いかけた。 「でも……本当に二人とも、『双黒』のことを知らないの?」 やけにしつこいなと思いつつも、おれは頷く。隣でルフィも、「知らねぇ」と言った。 すると、困ったような顔でジャージ陛下とコンラッドが顔を見合わせる。 「おい、何なんだよ」 はっきりしない雰囲気に痺れをきらして言えば。 ジャージ陛下が再びおれたちを見た。 「魔族の国でも人間の国でも、『双黒』って言葉は使われてる」 さっき以上に、気遣うような目で。 「は?マゾク?人間?」 とんでもない台詞を、吐いた。 「もしかして、二人も異世界から来たの?」 「……は?」 えーっと?何言ってんだ、このジャージ陛下? もしかして宇宙語?おれたち人間には分からねぇ言語で話してる? だってそうだろ。イセカイ?それってあれか?ファンタジーなんかに出てくる、「次元が異なる世界」ってヤツ? ありえねーだろ、それ。 「何……言っちゃってんの、アンタ……?」 呆然と呟いたおれに、ルフィに平伏してた兵士連中が顔色を変えた。 「貴様!陛下に向かって何という口の……――」 「みんな!別にいいから」 喰ってかかろうとした連中を、ジャージ陛下が慌てたように止める。 「無理もないって。急にこんなこと言われたら、誰だって信じられないよ。おれだって最初は……――」 「なぁ」 兵士を宥めるソイツに、おれは尋ねた。 微かな希望を持って。 「冗談よせよ……なぁ?ここがどっかの国の城だとしてもよ、『グランドライン』ぐらいはアンタだって知ってるだろ?世界で一番偉大な海だ」 そりゃあ、突然発生した渦に呑み込まれるのも、猫が「めぇめぇ」で竜が「にゃー」なのも、双黒だ何だとルフィが崇められるのも、異常だとは思うし混乱だってしてる。だが、今までだっておれたちは、不可思議な体験は沢山してきた。常識じゃ考えられねぇような島だって知ってる。空に浮かぶ島、生物も植物も細長ェ島、太古の恐竜が生き続ける島。空魚、水水肉、ホラー梨。 良くも悪くも常識を覆すそれらはだけど、いつだってグランドラインで起こっていた。そしてその周りにはいつだって、北の海(ノースブルー)から南の海(サウスブルー)まで、東西南北四つの海があった。 それらが無い世界なんて、あるわけねぇだろ? この池は確かにグランドラインじゃないかもしれねぇが、この世界のどっかにはあるだろ?グランドライン。 なぁ、そう言えよ。 そんなおれの勝手な胸中の命令は、やっぱり本物の王様には届かねぇらしく。 「悪いけど……グランドラインなんて海、聞いたことないよ」 抱いていた微かな希望は、クソ気持ちいい程に、あっさりと砕かれた。 |
お題:「はちゃめちゃギャグ(ワンピinまるマ)」 |
あとがき なかなか進まなくってすみません。(苦笑)如何でしょう、まるマをご存知でない方でもついてきてこられているでしょうか?
ちなみに、どうして「ワンピメンバー」が「まるマメンバー」と言葉が通じているのか。……その質問には、かつてかの偉大な尾田先生もこう仰っています。「漫画はみんなの夢をえがくものだから。」!この名言でひとつ、宜しくお願いいたします。 |