※この話は、67巻P182のSBSを拝読する前に書いたものです。そのため、そのSBSとズレが生じている部分があります…。それでもOKという方は、どうぞご覧ください。 普段からこの船長の発言は、突拍子もないことが多いのだが。今回のそれも、やはり例に洩れずそうだった。 製作途中のおやつへと伸ばされるゴムの腕を何度も蹴り落とした効果か、諦めてサンジの手元の作業をぼんやりと眺めていたと思ったら、ポツリと。 「なぁサンジ。お前、もしかして普段、寂しい?」 「はぁ?」 あまりにも唐突で予想外のそれに、サンジは思わず作業の手を止めてまでして、ルフィの顔をまじまじと見てしまった。このコックが女性以外の顔をそんな風に見るなんて、滅多にあることではない。 そんなサンジの不躾な視線を受けても、ルフィは変わらず頬杖をついたまま、サンジを眺めるような目で見てくる。きっとこれは、彼が気に入りの羊の船首から海をただぼんやりと眺めている時の目と似ている。――何か考えているようにも、何も考えていないようにも見える、顔。 「だってよぉ、サンジってほとんどキッチンに篭ってるだろ?お前が甲板にいるのって、ナミやロビンに食いモンとか飲みモンを出す時ぐらいだし。あ、あと戦う時」 「……で、お前がウソップやチョッパー達と甲板でワイワイ馬鹿やってる時に、独りでキッチンにいるのは寂しいんじゃないかって言いたいのか?」 「おう。大体そんな感じだ!」 「アホかっ!!」 真顔で頷いてくる船長に、サンジは我慢できずに突っ込んだ。一体どの口がそんな台詞を言えるというのだ。 これは本人に分からせてやらねばなるまい。サンジは調理台から離れ、船長の座るテーブルにわざと大袈裟な音を立てて両手を着けると、睨みをきかせた顔を近づける。 「いいか、そもそもおれがずっとキッチンに詰めなきゃならないのは誰のせいだ!?この船に万年腹空かし野郎がいるからだろうがっ!普通の人間相手に作るだけなら、一日三食におやつと夜食を付けたって、おれが朝から晩までここに詰めっぱなしなんてことは絶対にねェ!」 おれの調理はスピーディー且つ丁寧だからなっ。 付け加え、サンジはテーブルにかけていた体重を離すと、両腕を組んでルフィを見下ろした。気づいたのなら少しは反省して、この船の食糧難回避に協力してみろ。そんな意も込めて、小さく鼻を鳴らすオマケまで付けてやった。 だというのに、どこまでも暢気な船長は、どこまでも暢気にカラカラと笑う。 「あぁ、チョッパーのことか?あいつ急いでかきこむから、すぐ喉に詰まらせて目を白黒させるんだよなー。ほんと面白れェ」 「違ェよ!チョッパーじゃねェ、お前のことだっ!」 「んん?そうなのか?」 真顔で首を傾げられれば、サンジとしては脱力する他ない。その様を更に不思議そうにルフィから見詰められるが、その視線は当然無視を決め込んだ。 ……まぁ、その分やりがいもあるけどな。 確かにバラティエの厨房は、こことは違い五月蠅いぐらいに始終周りにコック達がいたが。 今だって毎日がとてつもなく忙しくて、充実していて。キッチンに独りでいる時間が寂しいなどと思う暇も無い。 ――“寂しい”なんてそんなはず、ありはしない。 今宵も、キッチンで。 船を造るなら、その船内で生活する者達に合わせて設計をしてやりたい。それが、フランキーの造船におけるこだわりの一つである。そしてそのためには、「船員達が普段どのように船で過ごすのか」という情報は欠かせない。それによって、どこにポイントを置いて設計すべきかが変わってくるからだ。 脳内でどんな新しい船のイメージを膨らませているのかは知らないが、ウズウズと落ち着きのない麦わら帽子の少年を前に、フランキーは船員達一人一人の様子を訊いていた。もちろん、後で個人的な要望もそれぞれ本人に訊くつもりではあるが、他者から見たその人物の様子というのも、新たな発見があったりするのでなかなかに重要だ。 「サンジは、そうだなぁー」 現在、少年が語るのは船員の3人目。麦わら帽の後ろで両手を組んで、思い出すように宙を見上げる仕草をする。 サンジというのは確か、あの金髪でグル眉の男だったか。既に2人分の情報が書き込まれている手元のメモ帳を眺めながら、フランキーは思い返す。いきなり蹴り倒されて第一印象は最悪だったし、その後もフランキーが見たのはほとんどが口悪く戦闘しているシーンだったが、本来の役割は意外にもコックだったはずだ。 引き出したフランキーのその記憶は正しかったらしく、続いた少年の口から「キッチン」という単語が飛び出した。 「あいつは普段、ほとんどキッチンにいるな」 「ほとんど?食事の前後だけじゃねェのか?」 「おう。ナミやロビンが甲板にいたら、飲みモンや食いモンを渡しに出てくるけどな。けどほとんどは、キッチンで何か作ったり、紙に色々書いたりしてたぞ」 「へぇ。やっぱり忙しいもんなんだな、コックって」 まぁ、この船長の食欲旺盛っぷりは、ついこの間の寝ながら食事を摂るという有りえない姿を思えば容易に想像がつく。一日の大半を食事作りに充てる羽目になっていても、おかしくはないのかもしれない。 「ってことは何か?つまりお前ら、喰う時ぐらいしかあの眉毛の兄ちゃんと顔合わせねぇのか?」 「ん?別にその時だけってわけじゃねぇけど……。あー、でも、そう言われてみると確かに、他の奴らよりは顔合わせる回数が少ないかもな。あいつ朝起きるのはいっつも一番早ェし、寝るのは大抵最後の方だから、男部屋でもあんまり見かけねぇし」 「成る程ねぇ……」 気がつくと、手にしていたペンがメモ帳の上を走っていた。それは、無意識のうちに働いた船大工としての勘が、船造りに欠かせない情報だと選別した結果。 宙を眺めていたはずの少年が、ニヤリとした顔で身を乗り出してくる。 「何かイイこと思いついたのか?フランキー」 ぼぅっとしているように見えるこの少年は、意外にもここぞという時には鼻が利くようで。 参るよなぁと思いつつも、表面的には涼しい顔を浮かべ、フランキーは相手に見えないようにメモ帳を自身の方へ引っ込めた。 「さぁな。企業秘密ってやつだ」 どんな船になるかなんて、やっぱり完成したのを見る時の楽しみにとっておくべきだろう? 「いやー!やっぱおっもしれェなー!!」 ガタン、と甲板へ続く天井の板が外される。と思ったら、そこから楽しそうな声と共に影が一つ落下し、キッチンへと着地した。一応そこには梯子もかかっているのだが、相変わらずそんな足場はこの船長には必要ないらしい。 首にはタオル、黒髪は半乾き、そのせいで被れないトレードマークの麦わら帽子を背中に揺らし、風呂上がりの船長がニコニコと上機嫌でカウンターにやってきた。 サンジは食器を洗っていたためチラリと視線を上げただけだったが、腹のコーラ瓶を補給しにきていたフランキーは「上がったか、麦わら」と声をかけるどころか、わざわざ片手まで挙げている。 「ありがとな、フランキー!でっけー風呂みてーなプール造ってくれて!」 「いや、それ逆だろ」 思わずサンジは突っ込んだが、製作主であるはずのフランキーは特に気にする様子も無く、寧ろルフィと一緒になって笑ってみせた。これは果たして、年上の余裕からくる懐の大きさなのか、はたまた、ただ単にノリのいい阿呆同士というだけか。 「浮輪でプカプカできんのが、すっげー楽しい!なぁ、お前ももうプカプカしたか、サンジ?」 あまりにもお子様過ぎる発言と無邪気な笑顔を向けられ、自然、サンジの口からは溜息が零れた。 耳聡くそれを拾ったらしいフランキーが、腹の冷蔵庫を閉めながら、からかうような笑みを浮かべてくる。 「なんだ?このおれのスーパーな船に、何か文句でもあんのか?グル眉」 自分の行った仕事に自信があるからこその台詞と笑顔。向けられたそれらに、思わずサンジは舌打ちする。 無論、ロックが解除されている巨大冷蔵庫に気付いて伸びてきたゴムの腕を革靴で叩き落とし、再度ロックをかけ直すのも忘れない。 「『グル眉』言うな、チンピラ船大工。そりゃあな、このキッチンで、バスタイム前のうきうきしたナミさんを見られるのも、風呂上がりで少し頬を赤く染めたロビンちゃんを見られるのも、百点満点どころか一億点満点だ。けどなぁ、何が悲しくてお前ら野郎どもの風呂上がり姿まで見せられなきゃなんねーんだ?そんなん、ちっとも嬉しかねぇんだよ。下手すりゃ不快だ、不快!」 バシバシと片手でシンクを叩けば、声を立てて豪快にフランキーが笑う。 「そうかそうか。そりゃあ、言われてみれば確かにそうかもな。悪かったなぁ、気付かなくって」 ま、それぐらいは我慢してくれ。 続くサンジの抗議も笑って聞き流し、片手を振りながらフランキーは天井上の甲板へと消えていった。次は彼が風呂に入る番だ。 「ったく、あの野郎……」 あしらわれた感が否めない。苦々しい思いでサンジは相手が消えていった天井を見上げた。悔しいけれど、あれが歳の差からくる余裕というものか。 悶々とするサンジの目の前では、いつの間にやらカウンターに陣取っていたルフィが、やけにニコニコとこちらを見ていた。自分の今の心境とはあまりにも対極的なその顔に、思わず眉間に皺が寄る。 「何だよ、その顔は。そんなにデケェ風呂が楽しかったか?それとも夜食の催促か?だったら、そんな笑顔なんて浮かべたところで無駄だぞ。風呂上がりのドリンクだけで我慢しろ」 もしかすれば、声にも不機嫌が滲み出ていたかもしれない。けれど、細かいことを気にする性質(たち)でもないこの船長は、笑顔を保ったまま首を横に振る。 食いモンもくれるんなら欲しいけどな、と前置きして。 「フランキーにお前のこと話してよかったなぁーって思ってさ」 「あ?アイツにおれの何を話したって?」 「あのな、キッチンがこの場所にあるのって、きっとサンジのためだぞ」 「はぁ?」 皿洗いを切り上げドリンクを用意していた手が、思わず止まる。 相変わらずこの船長の発言は突飛だ。 「『俺のため』だぁ?何だそれ?単に、水回り関係の部屋を船尾側に集めたってだけのことじゃねぇのか?」 風呂にトイレ、洗面台にキッチンにアクアリウムバー。それら全て、船尾側にある。この船の水は帆走しながら汲み上げた海水をろ過して使っていて、その装置の位置関係からこのような部屋の配置になっているものとサンジは思っていた。 「うーん、その『水回り』?についてはよく分かんねェけどよ。でも、風呂に行く時も戻る時も、必ずこのキッチンを通るだろ?それって絶対、サンジのためだと思うぞ」 元々メリー号に乗っていた際も、サンジはキッチンに詰めっぱなしで皆と顔を合わせる回数は少なかったが。サニー号にはアクアリウムバーがあるため、ほとんどが皆、夕食後の酒はアクアリウムバーで飲むようになるだろう。そう考えると、ますます皆がキッチンに顔を出す機会が減ってしまう。おまけにその夜の時間帯は、昼間ほど甲板が騒がしいわけでもない。余計、夜のキッチンは寂しい場所になってしまう。 だからこそ、フランキーはキッチンをこの位置に持ってきたのではないか。皆が毎晩入る風呂の前後、必ずこの場所を通るように。 必ず、サンジと顔を合わせるように。 「……」 サンジの脳裏を、かつての船長の言葉が過った。 『お前、もしかして普段、寂しい?』 正直に言えばサンジ自身、自分が寂しかったのかどうかは判断がつかない。本当に毎日忙しくて、充実していて。だから寂しいなんて考えが浮かぶ暇さえなかったというのが事実だ。 ……けれど、仲間の顔を見る回数が今までと同じか増えるか、どちらか選べと言われたら。答えは迷うまでも無い。 「……すっげー妄想力だな、お前」 「んん?もーそー?」 「何でもねェよ」 首を傾げる姿に小さく笑い、サンジは飲み物の入ったグラスをルフィへと差し出した。 「麦わらの奴……」 開きかけていた甲板の床板を閉じ、フランキーは小さく呟いた。口元には無意識のうちに困ったような苦笑が浮かぶ。 自分の思考を見抜かれていたこともそうだが、わざわざそれをサンジ本人に伝えてしまうとは。別に隠すことではないが、いちいち気付かせる必要性もないと思っていた。 コーラの空き瓶をキッチンに放置したままだったことを思い出し、引き返そうとしていたのだが、仕方が無い、今はこのまま風呂に向かうとしよう。もしかすればあのコックが気づいて先に空き瓶を片付けてしまうかもしれないが、その時は素直に礼を伝えればいい。 しかし、風呂から上がりキッチンへと戻ったフランキーを出迎えたのは、予想外の光景だった。 ルフィはもう立ち去っており、そこにはサンジのみ。空き瓶もやはり片付けられていて、礼も告げた。そしてカウンターに座ると出される、風呂上がりのコーラ瓶1本。これもいつも通りだ。けれどその横に、小さめではあるがフランキーの大好物であるハンバーガーまでが出てきた。普段は例え頼んだって、「夜のつまみにハンバーガー!?ふざけんなっ、お前までこの船を食糧難にする気か!?」などと言われ、結局コーラしか許されないというのに。 「おい、これ……」 もしかしなくても、さっきのルフィの言葉を受けてのものだろうか。 ハンバーグを焼く際に使ったのだろうフライパンを洗っている目の前の金髪を見上げれば、相手は視線を合わせることなく、ふん、と鼻を鳴らす。 「うるせェ。夜遅くにカロリー高いモン食ってプヨプヨな腹になっちまえっていう、おれの完璧な計画に基づく嫌がらせだ。黙って受け取れ」 その割にサイズが小さいのは、やはり時間帯を気にしての配慮ではないのか。まぁもっとも、以前の言葉通り、食糧難を気にしてのこともあるのかもしれないが。 どこまでも素直ではない青年の、けれどそこに若者特有の青さを感じて。何だかんだでまだ10代かと、フランキーは内心だけで微笑ましく笑う。 「そういうことなら受け取らねェとな、大人のおれとしては」 ニヤリと口端を上げて自分も大人げなくそう言うと、フランキーはいい香りを放つ大好物へと手を伸ばした。 |
あとがき またまた管理人のサニー号構造についての妄想が爆発してしまいました。(苦笑)今回はキッチンの位置についての妄想。職人魂をガッツリ持ち合わせているフランキーなら、こんなことを考慮していてくれてもおかしくない……なんて思いません?(笑) ちなみにゾロは奇跡の迷子さんなので例外です。「Needless to say」でもちょっと書きましたが、彼はおそらく、風呂への行き帰りでキッチンを通らないことが何度かあると思います。(笑) 今回は一応お誕生日記念話なので、サンジ君とフランキーがお互い年の差についてチラッと意識したりしています。(笑)ちょっと遅くなってしまいましたが、サンジ君、フランキー、ハッピーバースデー!! |