「ギャー!ま、魔王―っ!?」 「悪魔がいる所なのか、此処ーっ!?」 予想通りの反応に、おれは思わず頭を抱えた。 頭痛倍増。こいつらが来て有難い面が無いとは言わない。言わないが、明らかに面倒な事の方が数十倍増えている。 おまけに増加してるのは面倒事だけじゃねェ。部屋の野郎人口も着実に増える一方だ。あぁ、なんて素敵に無敵な、おれ的ワースト環境。 言っても無駄だろうが、おれのなけなしの男への優しさでもって、長っ鼻とトナカイに一応言ってやる。 「……落ち着け、お前ら」 「だっ、だって!魔王っていやあれだろ!?子供を攫ってそいつの血肉を……!」 「ぎゃーっ!!おれ達のこと食うのかー!?トナカイも食うのかー!?」 ……だからお前ら。 そんなに怖がるなら、普段からその手の本なんざ読んでんじゃねェ! Grope your way (5)無くて七欠点 有って四十八欠点 ルフィが嵐前の海に投げ出されたのを見て、自分もカナヅチのくせにいつものように心配で飛び込まずにはいられなかったチョッパー。そして、そのトナカイを救出するために後を追わざるを得なくなったウソップ。 どうやらこの一人と一匹も、おれとルフィが飲み込まれたリンゴサイズ渦の巻き添えを食らったみてェだ。……どうでもいいが、ちょっと言いにくいな、「リンゴサイズ渦」。 「ブルックのことは確かフランキーが抑えてたから、あいつは海には飛び込んでねェはずだけど、ゾロはどうなんだ?」 池から見上げた時よりも高い位置に移動している太陽の下、ウソップの見慣れ過ぎた長い鼻が、おれに向く。 よかった、更なる厄介事の増加は何とか免れたようだ。ブルックの奴もチョッパーと同じく、能力者のくせにスグ救助に飛び込もうとするからな。グッジョブ、変態船大工。 「おれ達より先にゾロも海に入ってた気がするんだが、お前ら二人とこっちに流されてないのか?」 「絶対とは言えねェが、あいつは来てねェ可能性の方が高いとおれは踏んでる」 城の支柱に寄り掛かったまま、おれは胸ポケットから取り出した煙草とマッチをいじってみた。が、どちらもさっぱり役に立たねェ。服が大分乾いてきたから何とかなるかと思ったが、こっちはまだ水分が多いらしい。 小さく舌打ちをしつつそれらを胸ポケットに仕舞い直すと、隣でチョッパーが少し嬉しそうな顔をしやがった。おれに禁煙させるのをまだ諦めてねェらしい。頑張るねェ、船医くん。おれはやめる気なんてこれっぽっちもねェけど。 仕方なく、紫煙の代わりに無色の二酸化炭素を吐き出して続ける。 「あいつはルフィの麦わらを拾うつもりで飛び込んだはずだからな。海面に浮かぶ帽子を回収するだけなら、わざわざ中まで潜る必要はねェだろ?」 「あっ、そうか。あの渦、結構深いところに出現してたもんな。じゃあゾロは巻き込まれるどころか、渦にさえ気づいてない可能性も高い……か」 うーん、と唸りながら、ウソップが自身の顎に指をかけた。チョッパーも、さっきは一瞬笑ったものの、やはり神妙な顔でおれ達の話しを聞いている。ルフィは独り、おれの向かいで地面に何か落描きしてやがるが。 初めは、突然の展開やおれからの状況説明――特に、「魔族」やら「魔王」やらのワード――に、この世の終わりみたいな反応をしていたウソップとチョッパーだったが、今は何とか落ち着いている。 多分、こう言っちゃ悪いのかもしれねェが、ユーリの魔王らしからぬ見た目も幸いしたんだろう。縦皺男が魔王だったりしたら、コイツ等はぜってーまだ騒いでただろうけどな。 そうそう。縦皺男といやぁ、チョッパーを抱き上げてからというもの、あいつの眉間の皺の数が目に見えて半減した。チョッパーの奴、遂にアニマルセラピーまでマスターしたらしい。あの不機嫌顔を治せるなんて、マジで凄いぞ。 おまけに縦皺男、チョッパーを抱いている間は、緩みそうになる頬を無理やりに引き締めているせいか、不自然なしかめっ面になる始末。本人は自覚してねェだろーけど、その表情の可笑しさたるや、おれ達周囲は笑いを堪えるのに必死だった。まさか異世界に来てこんな腹筋運動させられるとはな。 もっとも、ルフィの奴はスパッと「お前その顔おもしれーぞ!」と大口開けて笑ってたが。(その瞬間、縦皺男はすぐさまチョッパーを隣の椅子に下ろした。その行動の素早さがまた笑えるって、気づいてねェんだろうか?)やっぱりルフィは、色んな意味で大物だ。 ついでに言うと汁男は、ウソップの乱入にもやっぱりというか当然というか過剰反応しやがった。ウソップもこいつらで云うところの「双黒(そうこく)」だからな。おれにはよく分からんが、フェチには堪らねェんだろ。何しろ、ウソップのフワフワした髪どころか、長ェ鼻のことまで「天を目指すかの如く真っ直ぐに伸びる鼻!何と立派で凛々しいことでしょう!」とか何とか褒めちぎってたからな。まぁそれも、オカマ拳法野郎に言わせりゃ、世界一変な鼻なんだが。 ウソップもウソップで、最初こそ汁男の反応に引き気味だったが、段々慣れてくると、 『いやぁ、バレちゃあしょうがねェなぁ。確かにおれは、一味の頭脳。これまでも数々の苦しい局面を、おれの奇策で見事に切り抜けてきたわけだ。そのおれを、八千人の部下達は畏怖と敬意を込めてこう呼ぶ。キャプテーン・ウソップ!』 なんて、いつもの調子で自慢げに語りだす始末だ。褒められるのに弱いからな、アイツ。しかも汁男も、 『あぁ!やはりそのご聡明な瞳は本物なのですね!?その全身から溢れ出す知性と凛々しさならば、八千人もの者達がついてくるのも頷けます。さすがはキャプテン・ウソップ様!!』 ……ってな具合で、完全に真に受けてやがる。勿論、そんな反応をされればウソップの口も止まらねェ。 うん、もうなんつーか、一生勝手にやってろお前ら。 そんなこんなでゴタゴタしているうちに、おれ達が眞王(しんおう)に面会する許可が下りた旨が伝書鳩で届いちまって。結局ウソップ達と詳しい情報交換がほとんどできないまま、眞王廟(しんおうびょう)とやらへの出発準備になった。 その廟は馬で行けばそう時間もかからない場所にあるらしく、今はコンラッド達が馬の準備をしに行っている。此処で待っていてくれと指示された城の正面の階段下で、おれ達異世界海賊組は、ようやく互いの現状整理に入っていた。 「けどまぁ、とりあえず。お前らが来たことで新たに推測できることがある」 おれが断言すると、「何だ?」とチョッパーが目を輝かせて見上げてきた。 もったいぶるわけでもねェが、おれは応える前にチョッパーとウソップ、両方に一度ずつ視線を向けてやる。ルフィ?あいつは何かブツブツ呟きながら地面の落書き増殖させてる最中だからな、邪魔しないようにっていうおれの優しい気遣いだ。無視してるわけじゃねェんだぜ、うん。 「此処とグランドラインとのタイムラグ……つまり時差だ」 「なっ!?そんなもんもあるのかよー」 ウソップが情けねェ声で顔を歪めた。 まぁ一応落ち着いたと言ったって、ウソップもチョッパーも、還る方法が不明なことへの不安や恐怖は未だあるはずだ。それに加えて時差なんて言われりゃ、こんな溶けかけのアイスみてェなフニャフニャ顔になるのも、分かるような気がしないでもないと言えなくもない。おれはぜってーこんな顔は曝したくねェけど。 勿論かく言うおれだって、不安がきれいさっぱり消えたかといえばそうじゃねェ。ただ、ウソップやチョッパーよりも多く情報を掴んでいることからくる、ほんの少しの余裕があるだけだ。 「お前らが……というかチョッパーが、ルフィを追って飛び込んだのはおれ達の何秒後だ?大体でいい」 まだ乾ききっていない、色を濃くした桜色の帽子を見下ろす。「えっと……」と、それが傾げられた。 「おれ、あの時は前甲板に向かってて。でも途中でルフィが海に落ちたのに気づいて、階段下りて引き返して、それからだから……十秒ぐらい、かな?」 「そうか。じゃあ一応、お前らはおれ達の十秒後に、例の渦に飲み込まれたと仮定しとく。おれ達がこの世界に来てから、お前ら二人が追い付いて来るまでが大体……」 「一時間半、かな」 まるでおれの思考を先読みしたかのような台詞。振り向けば、ユーリとコンラッドが並んでこちらにやってきていた。馬の準備が整ったらしい。 腕にはめた黒いものを示しながらユーリが続ける。 「ずっと見ていたわけじゃないけど、大体それぐらい経ってたと思うよ」 「へェ、時計持ってたのか。魔力とやらでおれの思考を読まれたのかと思った」 少しおどけるように言えば、ユーリが慌てたようにブンブンと両手を振る。もしかしてコイツ、冗談を真に受けちまうタイプか? 「まさか、魔力じゃそんなことはできないよ。でも、サンジさんもそれぐらいだと思ってたんだ?」 「まぁな。もっとも、おれの場合は体内時計だが」 応えながら、自分の胸を叩いてみせる。 調理では時間も重要なポイントになってくるからな。体内時計の正確さには、そこそこの自信がある。加えて実際に時計を持ってる奴と同意見ってなら、この一時間半という見解はほぼ確実と言っていいだろう。 隣でもチョッパーが「サンジ、すげェ!」と目を輝かせている。いやぁ、それほどでもあるけどな。 ユーリの隣で、コンラッドも口を開く。 「ちなみに、眞魔国の一日の長さは二十四時間だ」 「そりゃあ丁度いい、おれ達の世界と同じだな。……っつーことはだ」 気の利く男からの好い知らせに笑い、おれは立てた人差し指をウソップとチョッパーに向ける。 「おれ達がこの国に一日いれば、グランドラインじゃ百六十秒、つまり、約二分半経ってるわけだ」 「ってことは、二日いりゃ大体五分か?」 「あぁ。三日ならジャスト八分」 頷いて更に情報を付け足してやれば、ウソップはますます顔色を悪くしておれに詰め寄ってきた。 おいおい、しつこいようだがおれはレディとしか接近する気はねェんだよ!それに、少しは自分の鼻が長ェ事も自覚しろ、刺さるんだよ鼻が! 「おい、やべぇぞサンジ!さっさと戻らねェとおれ達、遠くに流されちまったと思われるぞ!?ナミ達が見捨てるとは思わねェが、下手すりゃおれ達を探しにサニー号がどっか行っちまう!!」 「うるさい、おれだって分かってる!だからこうして、眞王とやらに会いに行こうとしてんじゃねェか」 「ほんとに、その王様だったらおれ達をグランドラインに還してくれるのか?」 「それも行ってみないことには分かんねェんだよ、チョッパー。けど他に手掛かりが無ェ」 「おいルフィ、お前も落描きなんかしてる場合じゃねェぞ!時差の事とか聞いてたか!?」 刺さっていたウソップの鼻がようやく顔面から離れ、今度はルフィへと向く。話を振られたルフィは、ぼんやりとした顔で地面から視線を上げた。時差の件を聞いていなかったに一億ベリー。 地面に散らばった歪な図形に、おれは思わず溜め息が出る。 「……お前な、そんなの描いたら余計腹が減るだけだろーが」 傍から見れば、歪んだ円に横から腕が二本生えた化け物みてェだが、ありゃきっと骨つき肉のつもりだろう。(この船長の絵心の無さは、ラブーンの時に確認済みだ。)その骨付き肉らしきものが、地面に六つも転がっている。 地面から離した手を腹部に移動させ、ルフィは切なそうに溜息を吐いた。 「だって腹減ってんだもんよー。なぁ、朝飯食ってから行くのはダメなのか?」 「今は一秒でも時間が惜しいんだよ。おれ達がこうしている間、グランドラインでもきっちり時間は流れてんだぞ?」 それに、朝食を摂ってないのはおれ達だけじゃねェ。ユ−リ達この城の奴らも、ずっとおれ達の事にかかりっきりで、食事なんて摂っちゃいない。 更に付け加えれば、ルフィは別に、こっちに来て何も口にしていないわけじゃねェ。ユーリ達が正装に着替えている間に出された紅茶も菓子もきっちり完食したし、おれの分として出された菓子もルフィに食べさせた。 勿論、紅茶一杯と二人分の菓子で満足するようなルフィの胃袋じゃねェことは充分過ぎるぐらい分かっているが(もしルフィがそんな胃袋だったら、あの船があんなに「赤字」の二文字と仲良くなるはずが無ェ。)、ここは我慢してもらう他ない。 「サニー号に戻れたら、ちゃんとたらふく食わせてやるから。な?」 勿論、食糧難にならない程度に。と、ひっそり付け加える。今はそれを口に出すと厄介なことになるだろうから、胸中で。 渋々といった態(てい)で頷いて立ち上がるルフィに、コンラッドが笑いかけた。 「もし、すぐには還れないような場合は、またここに戻って少し遅めの朝食を摂ればいい」 「御馳走してくれんのか!?」 「勿論。ですよね、陛下?」 「うん!美味しいよ、ここの料理」 笑顔のユーリの言葉に、思わずピクリと反応しちまう。そんな自分に、思わず内心で苦笑した。こんな状況下でも、料理人としての好奇心は消えないらしい。 おれは紅茶を飲んだだけで、まだこの異世界の食べ物は何も食していない。これから眞王廟へ向かってそのままサニー号へ還れれば勿論それがベストだが、異世界の食材や料理に出会わずに終わっちまうのは、少し残念な気もした。 いつもゾロを、筋トレ馬鹿とか刀馬鹿とかただの単純バカとか称しているが、どうやらおれも相当な料理馬鹿らしい。 感謝を言いながら喜ぶルフィを横目におれがそんなことを考えていると、ウソップがユーリ達に向かって苦笑した。 「大丈夫なのか?そんな風に言ってくれんのは有難ぇけど、城の食糧無くなっちまうかもしれないぞ?ルフィはかーなーり、食うからな」 「そうそう。見た目はこんな猿でも、食いっぷりは熊並みだぜ?」 いや、下手したら熊以上か。普段のルフィを思い返しつつおれが付け加えると、ユーリは驚いたように目を見開いたが、コンラッドはそう困った様子も見せずに笑いながら言った。 「そんなに?それはクマるな」 ……? おれの思考は一瞬フリーズした。いや、思考どころか全身も、冬島の冬かと疑う寒気に突如襲われる。 おれ、聴覚がイカれたか?だとしたら、この数時間で急激に疲労困憊させている精神が原因だろう、間違いない。うんうん「病は気から」って言うしなあれでも聴覚の異常って「病」に含まれるのか含まないなら何て言えばいいんだっていうか今考えるべき問題点はそこだったっけ? あまりの衝撃に何やら頭が大混乱。 とにかく今のはあり得ない。 だって、この冷静で気の利くキャラであるらしい男が、こんな極寒の駄洒落を言うはずがない。 「それはクマる」なんて言った後に、こんなに何事もなかったかのように清々しい笑顔を保てる奴がいるはずがない。 ルフィを除くその場の全員が硬直する中(ちなみにルフィは、よく分からないといった顔で首を傾げていた。)、一番早く立ち直ったのは、免疫があったのだろうユーリだった。所々声を裏返しながら、コンラッドの背を馬達のいる城門の方へとグイグイ押し始める。 「こっ、コンラッド!ほら、早くみんなを眞王廟につれていかないとっ!」 「それはそうですが、急にどうしたんです、陛下?」 「いーから!気にしなくていーから!ね、みんなも早く行こっ」 焦ったようにコンラッドを押して離れていくユーリ。 暫く呆然と眺めていると、チョッパーが口を開いた。 「なぁ。今のって、まさか……」 「言うな、チョッパー」 「ちょ、ちょっと噛んだだけだろ。それか、おれ達全員の聞き間違い」 チョッパーにというより、自分に言い聞かせるようにウソップが言う。 どうやらウソップは、今の件についておれと同意見らしかった。 |
お題:「はちゃめちゃギャグ(ワンピinまるマ)」 |
あとがき 微妙〜なところで切ってしまい、すみません。次のキリのいいところまで続けると、1ページが結構長くなってしまうもので。(苦笑) 半年近くぶりの更新。話の展開スピードを上げなければと、執務室シーンは飛ばして、回想という形で入れてみたのですが……むしろ逆効果でしたかね?(泣笑)面白いぐらいに場面が進まない、進まない。 敗因は、(4)のあとがきで呟いた、コンラッドの究極のマイナスポイントを出してしまったことでしょうか。(←え。)でも、このまま大人しくしているとは思えませんコンラッド。皆に笑ってもらえるまで諦めずに仕掛けてきそうですコンラッド。(笑) |