あまりの衝撃で焦りもすっかり吹き飛んじまったおれ達が、主従二人を追いかけて城門へと向かうと、そこには馬が六頭並んでいた。その脇には、汁男と縦皺男も。

「乗馬の経験は?」

 先を行くコンラッドが、振り返りながら尋ねてくる。

 忘れろ、数分前のことは綺麗サッパリ脳内メモリーから消しとけ、おれ。

 

 

Grope your way

 (6)人間も魔族も万事塞翁が馬

 

 

「いや、おれは無ェな。お前らは?」

 応えつつ他の二人と一匹を見れば、どいつも同じく首を振る。まぁ、そうだろうな。おれはともかく、こいつらの白馬の王子姿なんて想像できねェし。

 ルフィが首を傾げてコンラッドを見る。

「馬に乗ったこと無ェーと、何かマズイのか?」

「いや、マズイと言う程じゃない。ただ、乗馬初心者なら、誰かと相乗りした方がいいと思って」

「あぁ、それなら大丈―夫だ!おれ達カルガモに乗ったことあるし。なぁ?」

「うん。それにおれは蟹にも乗ったぞ!ハサミっていうんだ!」

 ルフィに続き、チョッパーも身を乗り出す。

 カルー達やハサミを操れたからといって、それが馬にも通用するかといえば微妙なところだが、おれも何とかなるだろうと思う。それより何より、狭い馬上で男とタンデムだなんて、おれにとっちゃ罰ゲーム以外の何物でもない。絶対に避けてェ。

 意地でも乗りこなさなければと決意するおれの耳には、ユーリとコンラッドの「カルガモや蟹って、そんなに大きかったっけ?」「まぁ、色々といるんでしょう。突然変異とか」というコソコソとした会話が聞こえた。突然変異っつーか、天然記念物っつーか、ビックリ人間ならぬビックリ動物っつーか……まぁ、何でもいいか。

 

「そうだ、チョッパー。お前、馬達に訊いてみたらどうだ?おれ達を乗せてくれる気があるかどうかさ」

 ウソップが名案とばかりに人差し指を立てながら提案した。「あぁ、そっか」と頷くチョッパーを、驚いたようにユーリが見る。

「えっ?チョッパー君そんなことできるの?」

「うん、動物同士だからな!」

「へぇ、凄いね!馬とタヌキでも言葉は通じるんだ」

 心底感心したように放たれたお決まりの誤解に、おれとルフィとウソップは思わず噴き出した。が、勿論気にしているチョッパーとしては笑いごとじゃねェ。普段は丸い目を吊り上げ、いつもの抗議を……――、

「違う!タヌキじゃねェ!おれは」

「『トナカイ』だろう?」

言い切れずに終わった。

 途中で遮られ、中途半端な表情のままチョッパーが見上げるのは、アニマルセラピー効果で只今絶賛眉間の皺が半減中の、縦皺男。重低音ボイスは変わらねェが、やっぱりチョッパーを見る時は目線が少し柔らかくなる気がする。

「その立派な角を見れば分かる。それにしても、他の動物と意思疎通もできるとは凄いな」

 長身の腰をかがめ、視線を合わせてくる縦皺男の言葉に、チョッパーは小さく震えた。

「そっ、そ……」

 震えて。

「そんなに褒められたって、嬉しくねェーぞ、コノヤロがっ!……おれとサンジで作ったのど飴食うか?」

 お決まりの照れ隠しダンスを始めちまった。隣の主従コンビがこれまた「嬉しいんだ……」「ですね」などと呟いている。ま、誰の目から見てもそーだよな。

 チョッパーが早速ズボンのポケットから飴の包みを取り出して渡してるが、ありゃ止めるべきだろうか。海水で紙がフニャッフニャになってるだろうし、おまけに始めは暫く塩っ辛いんじゃねェか、その飴?……でもまぁ、縦皺男なら何とかなるのかもな。小動物への愛で。

 そういやルフィやウソップが反応しねェなぁと視線を巡らせれば、少し離れて汁男と共にいた。

「さすがはキャプテン・ウソップ様!すぐに名案が浮かぶのですね」

「なぁーに、これぐらい大したこたぁねェよ。何しろ、この前立ち寄った島ではよ……――」

 “名案”ってのは、チョッパーに馬に訊くよう言ったことだろうか。どーでもいいが、汁男はほんとに「キャプテン・ウソップ」呼びするつもりらしいな。本気でそう呼ぶ奴、初めて見たぞ。ちなみにルフィは、二人の会話にケタケタ笑ってる。

 ……うん、もうこいつらに関してはノーコメントで。

 

 

 

 チョッパーの問いかけに応えたのは、六頭のうち真ん中にいた黒毛の馬だった。

 おれたちにしてみればただの鳴き声に聞こえるそれに頷きながら、チョッパーが同時通訳をする。

「『勿論よ。他でもないユーリ陛下のお客人だもの、あたしたちは振り落としたりなんかしないわ』だって!」

「おっ!じゃあ乗せてくれんだな!?ありがとなー、馬!」

「ってちょっと待てェ!その馬はレディーなのか!?」

 通訳された口調に、おれは思わずルフィを押しのけてチョッパーに詰め寄った。

 チョッパーがキョトンとしながらも頷く。

「うん、雌みたいだ。サンジはこの馬がいいのか?」

「違ェよ、逆だ!レディーに苦労はさせられねェっつー話をだな……」

「あー、ちょっと待って、サンジ」

 黒毛のレディーがまた何事か言ったらしく、おれの力説を遮ってチョッパーが鳴き声に耳を傾ける。

「『でも、貴方達は他の子に乗ってちょうだいね。あたしの背はユーリ陛下のためだけにあるんだから』だって」

「っ!!?」

 乗りたがっていると誤解された上に、キッパリと拒否。

 二重のショックでおれは思わず地に両手と膝をついた。例え相手が人間外でも、おれにとっちゃダメージがデカ過ぎる。キューティーちゃんのネガティブホロウを食らった気分だ。死のうとまでは思わねェけど、地面にのの字は書いてもいい気がする。

 そんなおれの脇では、魔族組が何やらゴタゴタとしている。どんよりモードの人間がいるっつーのに、ちょっとは気を遣えよ、お前ら。

「ほ、ほんとにアオがそんなこと言ってるの!?」

「『アオ』ってこの馬のことか?うん、言ってるぞ。……って、どうしたんだユーリ!?ちょっと顔赤いぞ!熱でもあるのか!?」

「心配ないよ、チョパー君。それにしてもやりますねぇ、陛下。馬まで虜にしちゃうなんて」

「何を暢気に笑っているのです、コンラート!? アオっ!私(わたくし)の陛下への愛と忠誠に対抗しようというのなら、例え馬でも容赦しませんよっ!」

「ギュンター、馬相手に暴走するな。柄に添えている手も放せ」

「あなたは私達の陛下が馬にとられてもいいというのですか、グウェンダルっ!!」

 頭半分でぼぅっとそんな会話を聞いていると、視界に影が入ってきた。見上げれば、肌色の枝。あ、動いた。鼻か。

「まぁ、馬にフラれたからってそう落ち込むなよ、サンジ」

「フラれたとか言うなっ!肩を叩くな!憐れむような目でおれを見るな!」

「へいへい、ついでに涙目になってることも無視しといてやるよ。……でもそうだよな。黒い馬ってあの馬だけだし、そりゃあ、双黒(そうこく)の魔王専用の馬かもな」

 汁男から散々言われて覚えたらしい、「双黒」という単語を普通に使ってみせるソイツの目線を追う。

 確かに並んでいる六頭のうち黒毛は一頭だけで、他は白や茶の毛をしている……って、ルフィの奴、もう馬に乗ってやがる。しかも白馬ぁ!?ふざけんな、お前はそんなキャラじゃねェーだろ!どう考えても白馬の王子はおれだろ!?

 

 勢いでようやく地面から立ち上がったおれはけれど、そこでふと気づく。

「あ?……馬の数、足りなくねェか?」

 おれ達海賊組が三人と一匹、魔族組は四人。馬が二頭足りねェ……まさかジャンケンか何かで二人は徒歩か?

 ウソップも、「あ、ほんとだ」と呟く。

「ギュンターとグウェンダルには、城に残ってもらうんだ」

 ユーリの声に振り向けば、苦笑の名残のようなものを浮かべてこちらを見ていた。汁男の暴走を何とか治めたみてェだ。そりゃ、こんな表情にもなるわな。

「えぇ?お前ら一緒に行かないのかー?」

 馬上からは、ルフィがつまらなさそうに声を上げる。アイツの脳内じゃ既に、どっちも「面白い奴」グループに分別されてるからだろう。

 白馬のルフィ(あぁもう本当に、言葉の響きからして似合わねェ。)を、鎮まったばかりの汁男が見上げる。

「えぇ。グウェンダルは陛下の代わりに執務を進めなければなりませんし、私も城に残って、書物などの別方面から、ルフィ様達のお役に立ちそうな情報がないか探してみます。 もし皆さんが相乗りを必要とされる場合は、ご同行させて頂くつもりでしたが」

 

 えーっと、コイツ、誰?

 

 一瞬、別の奴が汁男に憑依したのかと思った。姿勢を正し、スラスラと淀みなく答えるその様は、数秒前に馬相手に本気で剣を抜こうとしていた奴とはとても思えない。サギだろ、と突っ込みたくなるような別人っぷりだ。

 ユーリが「ちょっと変わってるけど、みんな有能な人ばかりなんだよ」と言っていた理由が、ようやく少し分かった気がした。要するに今のこの状態が、汁男の職務モードなんだろう。本で情報を探してくれるっつーのも有難い。

「状況次第で人ってこんなに変わるモンなんだなぁ……。あ、人じゃなくて魔族か」

「いや、お前のメロリンモードとのギャップも相当だぞ?」

 感嘆とも呆れともつかぬ感想を漏らすと、ウソップに突っ込まれた。

 何言ってんだ?レディー相手に最上級の笑顔と言葉でもってお相手するのは、男として当然だろ?

「眞王(しんおう)陛下にお伺いするのに、そう大人数で行く必要も無いだろう」

 こちらは腕組みをしながら簡潔に伝えてくる縦皺男。眉間の皺も不機嫌顔もしっかり健在だ。

 まぁ、言ってることは尤もなんだが……半分なんて贅沢は言わねェ、一割でいいから小動物や子供に対する愛想をこっちにも使ってくれ。

 

 

 汁男と縦皺男を残し、おれたちがそれぞれ馬に跨っていると(残り一頭になっていた白馬は当然おれが死守した。雄だったしな。)、「閣下〜!」という叫びが近づいてきた。馬上から見下ろせば、頭部で光を自然発生させている兵士の男がバタバタとこちらに駆けてくる。

 見た目の若さからして、さすがにハゲた結果というわけじゃねェだろうが、もしかしてここの兵士は全員スキンヘッドが基本とか?どっかの国の規則にあるっていう、「野球をやる奴はみんな丸刈り!」みたいな。……あぁ、いや、でも最初に池で見た兵士は髪フッサフサしてたよな。ってことは、この兵士の単なる趣味か。

 よく見れば片手に紙を握りしめていたらしいソイツは、乱れた息のまま、汁男にそれを両手で差し出した。「閣下」とは汁男のことだったらしい。

「閣下、申し訳ありません!先ほどの白鳩便(しろはとびん)に、書状がもう一枚入っていたようで……!」

「何ですって!?」

 慌てて紙を兵士から奪う汁男に、当然おれたちも注目する。馬に乗ってなかったら、きっと駆け寄っていただろう。

 眞王に会う許可が下りた書状と同じ鳩に入っていた紙となれば、もしかしたらおれ達に有利な情報の一つや二つ……――。

「陛下!」

 紙から視線を上げた汁男が、焦ったようにユーリを見上げた。隣りからその紙を覗き込んでいた縦皺男も、眉間の皺の深さがアニマルセラピーを受ける前に戻っている。

 参った、こりゃ確実にいい知らせじゃねェな。

「今朝ご到着される予定だった猊下(げいか)が、まだ眞王廟にお着きになっていないようです!」

「えっ!村田が!?」

 

 猊下?と、ムラタ?

 また分かんねェ人物名が登場してきたが、この世界に来て数時間、さすがにおれもこれだけは学習した。

 

 とりあえず、「ムラタ」がレディーかも、なんて期待は絶対にしねェ。

 

 

 

 

お題:「はちゃめちゃギャグ(ワンピinまるマ)」

あとがき

 だってこの世界、男ばっか出てくんだもん。(by.サンジ) さすがに諦めたようです、サンジ君。(笑)

 それにしても彼ら、馬に乗るだけにどれだけ時間かかってるのか……。(苦笑)やっぱり敗因は、(5)でコンラッドの究極のマイナスポイントが出てしまったことでしょうか。(←また!?)あの衝撃のせいで、ワンピ組は時差に対する焦りがすっかり吹き飛んでしまいましたからね。

 ちなみに、汁男ことギュンターですが。彼は双黒フェチなので、ルフィやウソップにも過剰反応していますが、だからといって「双黒なら誰にでも仕えていい」とか思っているわけではありません。例えば、ユーリになら跪いて挨拶することもありますが、ルフィやウソップには跪くことまではしません。「ユーリ」という本人を受け止めた上で、王として慕っているのです。……って、ギュンターのフォローをここで説明しなきゃいけないのが悲しいですが。(苦笑)

 次は、話の視点キャラがサンジ君から一時変わります。ワンピチームの誰かです。

 

 

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