後ろから聞こえた小さな舌打ちに、おれは我に返った。 振り返れば、ズボンのポケットに片手を突っ込みながら顔を歪めたサンジ。 「しまった、落としてきたか」 「は?」 Grope your way (9)扉に耳あり、奥に真あり 眞王(しんおう)に見送りを命じられたちっちゃい巫女さん・ウルリーケに続き、おれ達は地下の部屋を出て一階へと続く階段を上っていた。 行きとは違い、ムラタはこの場にいなかった。なんでもあの双黒(そうこく)眼鏡君は、眞魔国(しんまこく)に来た時は眞王廟(しんおうびょう)に滞在するのが常らしい。だからそのまま地下室に残った。 どうりであれだけ眞王にもフランクなわけだと、妙に納得する。同じ屋根の下で暮らしていれば、そりゃあ扱いにも慣れるってもんだろう。ナミが化け物剣士や化け物料理人までアッサリ懐柔しちまうようなモンだな、多分。 この場にいないといえばもう一人、ルフィもそうだ。眞王との対話中にカナリの意味深発言をしたくせに、地下室を出た廊下でおれ達がどういうことかと問い質せば、 『だから、明日にはアイツちゃんとおれ達のこと還してくれるから問題ねぇーって。それより、赤マントとの話が終わったってことは、次は飯だよな!?よーし!腹いっぱい食うぞーっ!!』 と、そのまま先に独りで階段を駆け上がっていった。我が船長ながらマジで有り得ねぇ。 おれは脱力感で一杯になりながら、さっきと同様慌ててルフィを追いかけようとするユーリ達を引きとめた。どうせまた本能のままに廟内を見当違いにグルグルするだけで、正しい出口には辿りつけないだろう。1階に上がってから探せばいい。 や、これは別に見捨てたとかじゃないぞ?要するにそれぐらいの脱力感だったってことだ。サンジやチョッパーも何も言わなかったから、多分おれと似たような心境だったんだろう。 一応の帰還の可能性が出てきたとはいえ、どうにもまだモヤモヤしたものが残る。 それを引きずったまま階段を上っていたところで、さっきのサンジの舌打ちが響いた。 「悪ぃ、落としモンしたみてぇだ。ちょっと拾ってくる」 言い終わらないうちにクルリと身を反転させるサンジを、ユーリの声が追いかける。 「大丈夫?一緒に探そうか?」 「あぁ、気にすんな。そう小さいモンでもねぇから、きっとスグ見つかる」 「俺達はここで待っていた方がいいか?」 ユーリの隣から、コンラッドも問いかける。 言われてみればそうだな。少なくとも魔族組全員が先に行っちまったら、道案内がいなくなるわけだし。 だが、肩越しに振り返ったサンジは片手を振った。 「いや、平気だ。来た時に道順は大体把握してる。気にせず先に行っててくれ」 いやいや、お前あれだけ巫女さんや女性兵にメロリンしてたくせにホントかよ!?とおれがツッコむ暇もなく、サンジはあっという間に階段を降りていき見えなくなる。 こうなっては仕方がない。本人がそう言うならまぁ問題ないかと、サンジの言葉通り再び歩き出そうとすると、今度はチョッパーが焦ったようにおれのズボンを引っ張ってきた。曰く、サンジを独りで行かせたら、またメロリンモードになった時に止める奴がいない。 「けどチョッパー、あの地下室からここまでは、兵士も巫女さんもいなかったろ?」 「そうだけど、通路の両脇に扉がいくつもあっただろ?もしあそこから女が出てきたら?」 確かに言われてみれば、あの廊下には複数の扉があった。眞王の近くに人を“置いて”いないとはいえ、辺りを“通り抜ける”ぐらいのことはあるかもしれない。 一瞬過ぎった不安を増幅させるかのように、先頭を切っていたちっちゃい巫女さんも、 「有り得ないことではありませんね。少なくとも、あそこから殿方が出てくることはありません」 なんて、相変わらずの高くか細い声で言う。 無意識のうちに、はぁーっ、と地に突き刺さりそうな勢いの深―い溜息がおれの口から零れた。……あぁ、こんだけ深い溜息なら、確実に今、おれの幸せ何年分かが両手を振って逃げちまったよな。ちくしょう、絶対手なんて振り返してやらないぞ、おれは。 「……分かった。念のためサンジはおれが追いかけるから、チョッパー達はルフィ探しの方を頼む」 チョッパーは鼻が利くから、そっちの方が適任だろう。 踵を返すと、おれは独りサンジの後を追った。 それなりに長い階段を、速足で駆け降りる。先に行ったサンジに追いつけるだろうか。悔しいがアイツは脚が長ェから、歩行も速い。 下手したら既にあの地下室に入ってしまっているかもしれないと思いつつ、ようやく最後の一段を降り、先にいるだろうサンジに呼びかけようと口を開いた瞬間だった。突然右側から伸びてきた手に片腕を掴まれ引っ張られた。 「っ!?――ふぐっ!」 うん、もちろん廊下に河豚がいたわけじゃない。バランスを崩して思わず声を上げそうになると、相手のもう一方の手が伸びてきて口まで塞がれた。 状況が理解できないまま反射的に視線を背後へ走らせれば、おれの目に飛び込んでくる、どうにも見覚えのある鈍い金髪と、グルリとした眉毛――って、サンジかよ!?驚かせんな!っていうか落とし物とやらはどうした!? 大混乱のおれをよそに、サンジはおれの腕を掴んでいた方の手を離すと、険しい顔で人差し指を自身の口の前で立ててみせる。静かにというその意を汲み取れはしたが、いやいや、そんな怖い顔すんなって。突然こんなことされた人間に悲鳴上げるなって言う方が無理あるだろ。 思いはしたが当然口には出さず(というか、口を塞がれているんだから文句の言いようも無い)、無言でブンブンとおれが首を縦に振れば、ようやくその手から解放された。そのままサンジは、いかにも仕方がないという表情で「ついて来い」と目顔でおれを促すと、先に静かに歩きだす。何なんだ一体。今日はおれの“理不尽デー”か何かデスカ? 思いながらも、一度キッチリ酸素を体内に取り込んでから、おれは素直にサンジの後を追った。とりあえず、これからサンジがやろうとしていることは単なる落とし物探しというわけではなさそうだ。 廊下には相変わらず人の姿は無く、チョッパーが心配していた扉も今のところ開きそうな様子はない。そのことに頭の隅でホッとしつつも、おれは段々、サンジの行動に見当がつき始めていた。そして、サンジが行き着いた先の巨大な扉に片耳を押し当てるのを見て、自分の予想は正しかったと確信する。サンジもまた、ルフィの言葉が引っ掛かっていたようだ。――眞王の言葉の、どこがどう嘘なのか。 おれ達が去った今、この扉の向こうでは、残ったムラタと眞王で何かしら会話が交わされているかもしれない。――もしかしたら、真相を見極めるヒントとなりうる会話も。だからサンジは、わざわざ落とし物を装って此処へ引き返したんだろう。 よかった、やっぱりサンジも、メロリンしたり怒鳴ってばっかりじゃないんだな。さすがは元Mr.プリンス。 おれもサンジに倣い、サンジと顔が向きあう形で扉に片耳を当てた。向かい合ったことにサンジが一瞬嫌そうな顔をしたが、それは当然無視。 中の会話は扉越しだとどうしても微かにしか聞こえず、正直数センチぐらいは扉を開けてしまいたかった。が、さっき見た室内の様子を思い出し、それは無理だと判断する。中は静かな上に音が反響しやすい構造になっていたし、何より、扉を開けた真正面が眞王の居座る位置だった。扉とその間には遮る物も何も無かったから、少しでも扉を開けようものなら直ぐにおれ達の存在がバレちまうだろう。 幸い、微かとはいえ聴き取れないレベルではなかったため、おれは呼吸にさえ気を遣いながら耳をそばだてた。 「――……むとは、人聞きが悪いな」 「けど、当たってるだろう?」 いきなり耳に飛び込んできたのは、疑問の形ではあるが断定に近い口調。この声は多分、ムラタだ。 「『双黒が二人いたから間違えた』だっけ?よく言うよ。だったら今回みたいなミスは、これまでにもしょっちゅう起こってるはずだ。日本にはそれこそ、僕と渋谷以外の黒眼黒髪の人なんて、2人どころかごまんといるんだからね」 このことか。 出来すぎなぐらい直ぐに核心を突く話題が飛び出して、正直驚きもしたが、おれの脳裏には数分前のルフィの言葉が過る。 『大丈夫だって!明日おれ達をサニー号に還してくれるっての“は”本当だから』 つまりこれが、眞王がおれ達についていた嘘。おれ達がこの国に流されてきたのには、もっと別の理由や原因があるってのか?……まぁ確かに、ウッカリ間違いが理由なんて、あまりにも酷過ぎる顛末だとは思ったけど。 サンジも同じことを考えているんだろう、向かいにある顔が顰められている。 「それに、彼らが血盟城(けつめいじょう)に流れ着いたのもおかしい。君は僕を、この眞王廟の噴水に呼ぼうとしていたんだろう?だったら、僕と間違って呼ばれた彼らも当然、ここの噴水に出るはずだ。血盟城に召喚されるなんて事、あり得ない。――あんなバレバレの嘘をついて、彼らをこの国に呼んだ目的は何?」 「そうか?ユーリ達は嘘とは気付いていなかったようだが」 「茶化さないで」 斬って捨てるように言うムラタ。本当、ユーリ達を相手にしている時とは態度が極端に違うよな。とてもじゃないが、「まぁ、美女どころか、『長寿の秘訣は温泉です』なおじいちゃんもいない、無人のお風呂場だったけどねー」なんてズレた発言をしてたあの眼鏡君と同一人物とは思えない。 対する眞王は、さっきのおれ達への態度と同じく、ムラタの言い方に特に怒ったりはしないようで。代わりに、少しの沈黙が落ちた。 口火を切ったのは、眞王。 「……今、この国一の剣士はウェラー卿だったか?」 「は?」 「他の兵の中にも、ウェラー卿に引けを取らない者が何人かいるようだな。それに、そのウェラー卿に剣を教えたフォンクライスト卿。最近は汁ばかり噴いているようだが、彼奴も剣の腕は立つし、魔力の高さは相当のものだ。フォンヴォルテール卿も、このところは執務ばかりだが、戦闘にも長けている」 「ねぇ、何が言いたいの?四千歳越えのお年寄りの長話なら、興味ないんだけど」 「まぁ、そう言な。聞け」 眞王が四千歳以上という新事実もなかなかに衝撃的だが、慣れていない呼び名を連ねられて、おれは少し混乱する。えーっと要するに、今の話題に上がったのはコンラッドとギュンターとグウエンダル、ってことでいいのか? 思考を巡らせながらも、耳は一音も漏らすまいと聴覚がどんどん尖っていく。この、おれ達が眞魔国に呼ばれた本当の理由は、絶対に聞き逃すわけにはいかねェ。 扉に添えている手が、ジワリと汗ばんだ。 「ウェラー卿達は確かに強い。だが、猛獣を素手の一発で吹き飛ばせるような拳や、巨大な岩を一撃で蹴り砕けるような脚を持っていると思うか?」 「は?」 サンジの特徴的な片眉が、ピクリと動いた。 「弓矢や銃器で狙ったものは外さず、動物の言葉を解す。そんなことが可能だと思うか?」 おれの眉根も、無意識のうちに寄った。 「……それはつまり、そういう能力を必要とする事態が、もうすぐこの国に起こるってこと?そして……異世界から呼んだ彼らなら、それが出来る?」 ムラタのその問いに、言葉は返らなかった。 暫く沈黙が流れ、溜息が一つ響く。吐いたのはおそらく、ムラタ。 「自分の力でその事態を解決する気は?」 「無いな。俺は今までだって、この国で何が起ころうと、此処からただその様を見守ってきた。今の時代にだけ俺が直接手を貸すというのは、贔屓になるだろう?」 「そう。君にやる気が無いのはよーく分かった。けど……だからって、僕や渋谷だけじゃなく、他の異世界の人まで巻き込もうってわけ?」 「何故そう怖い顔をする?俺は、この国に傷ついて欲しくない。それだけだ」 「実に国想いな王様らしい発言で結構だけど、それは、この国に生きる人達のため?それとも――自分の創った国だから?」 低めた声で発せられたムラタの問い。 返るのは、クツリ、と喉の奥で笑う可笑しそうな声。 「決まっているだろう?――己が必死につくった物が壊れるのを好しとする者が、どこにいる?」 直後、聞こえたのはムラタの更に大きな溜息。 そしておれの向かいでは、サンジが何かを堪えるように目を閉じた。 |
お題:「はちゃめちゃギャグ(ワンピinまるマ)」 |
やっと話がここまで進んだ……!(涙)なかなか話が進まなくてすみません。 眞王はどうしてルフィ達異世界人の戦闘能力まで把握しているのか?……多分、眞王は異世界だろうと何だろうと、どこでも見通せちゃうんでしょうね。(←予想!?)アニメを観ていると、眞王の力や魔力って、どちらかというと何でも有りのようなので(苦笑)、そういうことにしていただけると幸いです。 ちなみにワンピチームとまるマチームの戦闘能力についてですが。比べればやっぱり、ワンピチームの方が規格外の強さだと思います。というのも、コンラッドは眞魔国ではかなり強いと思われますが、ゾロのように剣の一振りで鉄の塊は斬れませんし、管理人が贔屓しているお庭番も、サンジ君のように蹴りの一発で巨大な岩を砕けるならあんな悲惨な目には遭ってないでしょうし……。(泣) って、これはワンピしかご存知ない方には分からない話題ですね、すみません。(苦笑) 次からは、話がまたサンジ君視点に戻ります。 |